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へなちょこの自分と、完璧な自分との対話です。

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2012/03/29 Thu
悟りと言う言葉は、とても誤解を招く言葉かと思います。
今回は、悟りについて、お話願えませんか?

「悟りとは、様々な解釈のある言葉の一つだね。
だが、あなたの聞きたい事は、個人における真理を示すものだろう?」

そうです。

「つまり、悟りとは、言葉などではなく、自立した個人の生き方そのものだよ。
覚者とは、完全に確立した個人だから、他人には理解できない。
あるいは、その人にすら理解できないのかも知れない。
それは、完成された一つの宇宙だよ。」

では、個人の開いた悟りは、他の人との共有は不可能なのですか?

「私の一つの側面だから、当然、その人にしか理解できないだろうね。
よって、究極的な意味合いにおいて、真理を共有する事は絶対に無理だ。」

それでは、お釈迦様の教えである、仏教などは、どうなるのですか?

「もちろん、学問と同じで、ある部分までは共有可能だよ。
よって、真理の体系化に努めた者もいる。
この日本で、有名な例では、伝教大師は、それを行なったね。
だが、それを修めた先は、まるで未知の領域となる。」

未知ですか。

「その人が歩むべき道だから、他人に分かる筈もないだろう?
あなたは、悟りについて関心があるようだね?」

そうですね、どのようなものか知りたいです。

「なら、さっさとその状態になりなさい。
特に難しい事ではないと思うが?」

そんな、難しいに決まってますよ。

「いや、自分自身に帰ればいいのだけの話だから、難しくはないね。」

では、悟りとは、自分に足りないものを補うといった類のものではないのですね?

「もちろんだよ。
あなたが、自分自身である事が真理だ。
だが、私と同様、あなたの悟りは、他の誰にも理解されない。
何故なら、あなたの世界の真髄だから。
当然、それを追求すればする程、他の者の理解からは遠ざかるだろう。」

それでは、あまりにも孤独だと思いますが。

「信あらば、何も失わない。
だから、心配しなくてもいい。」
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