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dokurodan001

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2012/03/31 Sat
もう、我々人類は、様々な宇宙へと転生可能となった訳ですよね?
では、具体的に、この日本において、その結界が破られた時期とは、いつ頃だったのでしょう?

「2011年の12月10日に合わせて、その計画は遂行されていた。」

えっと、その日は確か、皆既月食でしたよね?

「そうだね。
もちろん、その結界を破ったのは、あなた方だよ。」

どういう事でしょう?

「では、一つの例を挙げよう。
あなた方は、天体が一直線上に重なる直前に、崩壊の呪文を唱えただろう?
それも、一人や二人だけではなく。」

ああ、ツイッター上で話題になった、バルス祭りですか?
そう言えば、天空の城ラピュタが再放送されていたんですよね。
確か、その祭りには、数万人が参加したとか。
でも、アニメの話ですよ?

「もちろん、それだけで、崩壊が引き起こされる訳ではないよ。
特に大きな崩壊は、様々な思惑が複合的に絡み合って、初めて形成される。
だが、アニメだろうが、何だろうが、あなたのイメージは必ず現実に反映する。
何しろ、あなた方は皆、創造主なのだからね。
そう、それだけの人達が、一斉に崩壊の呪文を物理的な形で為したのだ。
それも、想念が最も通じやすい時にね。
この世界に影響が出ない筈はないだろう?」

確かに、そう言われてみると、そんな気もします。
でも、それも計画なんですよね?

「当然だね。
全ては、来るべき、宇宙時代に向けての布石だ。
あなた方人類は、一つの見方をすれば、この地球に、かなり長い期間、閉じ込められていた。
だが、別の視点でもって見れば、あなた方は、その間、ずっと守られていたのだよ。
言うなれば、地球自体が、一つの鎖国を行なっていたのだ。
つまり、地球においての、結界が破られたという事は、他の宇宙からの干渉も容易になるという事だ。」

では、もう既に、他の宇宙と交わりつつあるって事ですか?

「そういう事になるね。
既に、あなた方の世界では、肉体は持たない多元的な存在の干渉が増えている筈だよ?」

はあ、そうなんですね。
では、他の宇宙からの本格的な干渉が行なわれる時期を教えて下さい。

「そうだね。
もう、時間がないから、それについても語ろう。
だが、その前に、霊と呼ばれるものについて、簡単に説明するが、いいかな?」

お願いします。

「例えば、肉体を持たない霊を降臨させる為には、憑代と呼ばれる対象物が必要だ。
神を降ろす時など、一般的に、神木や、磐座などが、それに当たるね。
もちろん、霊媒としての人間もそうだよ。
つまり、霊的エネルギーは、非常に電気に近いものなのだよ。
だから、帯電は、顕現の為に必要不可欠な要素だ。」

そう言えば、霊が出る時って、家電が壊れたりだとか、ザザッとしたノイズ音がする時があるって、聞いた事ありますよ。

「まさに、その通りだよ。
さらに、日本の神道などでは、尖ったものに、神は降りると考えられているね?」

はい。

「では、本題に入るが、月食のち、日食が起るのは、2012年の5月21日になる。
それも、非常に珍しい金環食と呼ばれるものだよ。
つまり、その時までには、準備が整っているという事さ。」

スターゲイトが開く。
なるほど。
そう言えば、その翌日の22日が、かの電波塔の開業予定ですもんね。

「そう言う事だよ。
あなたは、この世の変化を、その目でとくと見る事だね。
そして、自分自身を、しっかりと守りなさい。」
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2012/03/29 Thu
悟りと言う言葉は、とても誤解を招く言葉かと思います。
今回は、悟りについて、お話願えませんか?

「悟りとは、様々な解釈のある言葉の一つだね。
だが、あなたの聞きたい事は、個人における真理を示すものだろう?」

そうです。

「つまり、悟りとは、言葉などではなく、自立した個人の生き方そのものだよ。
覚者とは、完全に確立した個人だから、他人には理解できない。
あるいは、その人にすら理解できないのかも知れない。
それは、完成された一つの宇宙だよ。」

では、個人の開いた悟りは、他の人との共有は不可能なのですか?

「私の一つの側面だから、当然、その人にしか理解できないだろうね。
よって、究極的な意味合いにおいて、真理を共有する事は絶対に無理だ。」

それでは、お釈迦様の教えである、仏教などは、どうなるのですか?

「もちろん、学問と同じで、ある部分までは共有可能だよ。
よって、真理の体系化に努めた者もいる。
この日本で、有名な例では、伝教大師は、それを行なったね。
だが、それを修めた先は、まるで未知の領域となる。」

未知ですか。

「その人が歩むべき道だから、他人に分かる筈もないだろう?
あなたは、悟りについて関心があるようだね?」

そうですね、どのようなものか知りたいです。

「なら、さっさとその状態になりなさい。
特に難しい事ではないと思うが?」

そんな、難しいに決まってますよ。

「いや、自分自身に帰ればいいのだけの話だから、難しくはないね。」

では、悟りとは、自分に足りないものを補うといった類のものではないのですね?

「もちろんだよ。
あなたが、自分自身である事が真理だ。
だが、私と同様、あなたの悟りは、他の誰にも理解されない。
何故なら、あなたの世界の真髄だから。
当然、それを追求すればする程、他の者の理解からは遠ざかるだろう。」

それでは、あまりにも孤独だと思いますが。

「信あらば、何も失わない。
だから、心配しなくてもいい。」
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2012/03/28 Wed
調和について、詳しく聞かせて下さい。

「いいだろう。
そう、例えば、あなたは、オーケストラのメンバーであり、何らかの楽器の奏者だとしよう。
自己研鑽を積んだ、あなたは自分の腕を試したくて、ウズウズしている。
いよいよ、楽しみにしていたコンサート当日。
しかし、そのコンサートで、あなたは挫折を味わう事になる。
あなたの自己顕示が強すぎて、オーケストラの調和を乱してしまったのだ。」

「挫折を味わったあなたは、すっかり自信を失くしてしまう。
あなたの持ち味は、文字通り鳴りを潜めてしまった。
あれだけ楽しみにしていた、コンサートも、既に苦痛しか生まない。
あなたは、もう楽器の演奏を辞めようと思う。」

「しかし、あなたは、その楽器の演奏を辞められない。
何故なら、それが、あなたの本当にしたい事であり、愛している事だったから。
そこで、あなたは、再度、蘇る。
今のあなたを突き動かすのは、欲ではなく情熱と呼ばれるものだ。
そして、次のコンサートは成功する。
鳴り止まぬ喝采。
あなたは、オーケストラの調和を乱さずに、そして、自分の持ち味を生かした演奏ができた。
つまり、それが調和だよ。」

いや、のだめカンタービレって感じですね。

「そう、真実など、どこにでも転がっている。
もちろん、どのようなものであれ、調和に対する手引きになり得るのだよ。」

「さて、調和について語るのなら、いくつか段階を追って、説明するのが最も効果的だね。
調和に至る過程。
その過程を分類するなら、専心の段階、気遣いの段階、注意の段階の三つになる。
もちろん、あなたは、それについて良く知っているね?」

はい。
以前、友人達とそれについて、話し合った事があります。
いや、会話などはありませんでしたが、つまり、そういう事だったのです。

「なるほど。
では、その時感じた事を、あなた自身の言葉で語ってくれないか?

わかりました。
まず、専心の段階とは、集中した状態だから、自分の音しか聴こえません。
しかし、気遣いの段階になると、逆に、他人の音しか聴こえなくなります。
もちろん、どちらも、調和ではありません。
ですが、注意の段階になれば、自分の音も、他人の音もはっきりと聴き取る事ができるのです。

「ほう、素晴らしい答えだね。
では、注意の段階とは、どのような状態を指すのだろう?」

明瞭に、自分の状態にも、他人の状態にも気が付いているという事です。
自分や、他の人の行為が、何を意味しているのかを知っている。
つまり、目覚めた状態の事です。

「では、その状態を一般的に何と呼ぶのだろう?」

う~ん、客観性ですか?

「そうだね。
その表現が最も近いだろうね。
もちろん、あなたも分かっているとは思うが、もし注意深くあろうとするなら、それは、専心の段階だよ。
注意の段階とは、迷いなく明晰で、心にスペースのある状態の事だ。
自分の事も他人の事も、一段上の意識レベルで観る事ができる。
その状態が、注意の段階であり、調和を生み出す意識状態なのだよ。」
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2012/03/26 Mon
前回のあなたとの対話で、少し気になった部分があるので、質問させて下さい。

「もちろん。
私は、道化者の守護者だからね。」

ありがとうございます。
早速ですが、前回、あなたは、仲間を、理解を、そして未来を求めないと言いました。
では、人が仲間を求めずして、どうして調和した社会などが、築けるのですか?

「それは、私ではなく、あなた自身が語った事なのだが、まあいいだろう。
もちろん、私は、求めるという事が悪いとは、言っていないよ。
そこは、誤解のないように。」

分かりました。

「では、質問に戻ろう。
人が仲間を求めずに、どうして、調和ある社会などが築けるのか?
それが質問だね。」

はい。

「以前にも語ったが、そもそも、調和ある社会とは、豊かな人々との繋がりによってのみ、創られるものではないのかな?
この社会を築いているのは、国家でも、法律でも、主義でも、思想でもなく、あくまでも人そのものだろう?」

そうです。
ですが、これも一つの思想ではないのですか?

「違うよ。
単なる観察の結果だ。
私は、どのような思想も持っていない。」

そうだと良いのですが。

「そうだよ。
何れ、あなたにも分かる。」

「では、対話を続けよう。
要するに、社会を調和へと導く、豊かな人とは、一体どのような人を言うのだろう?
豊かな人とは、決して多くを所有しているというものではなく、自立した人を示すもの。
そうだね?」

恐らく、そうだと思います。

「つまり、自立した人とは、依存とは何かを理解して、それを排した人だ。
もちろん、自立した人は、他人にも依存などしないだろうね。
だからこそ、私は、仲間には、何も求めない。
そして、本来は、全てが仲間であり、友人なのだよ。」

だからこそ、仲間を求めないのですね?

「そうだよ。
言うなれば、個人とは、この地球というパズルを構成する一つのピースなのだ。
どのような人であれ、私の輝かしい側面、すなわち、唯一の叡智を持っているからこそ、この地上に存在できるのだよ。
その叡智は、本当に好きな事、つまり、真に愛している事をやっている時にのみ顕現されるものだ。
もしも、あなたが、真に愛している事をするのなら、自立しており、一つの地球のピースが完成されたという事になるね。
そして、その状態のあなたは、必ず、あなた独自の創意を持っている。
全ての人々が、つまり、全てのピースが完成した時にこそ、地球のパズルも完成されるのだ。
人々の創意の結晶、それこそが、調和なのだよ。」

それは分かります。
しかし、相手に理解を求めずして、どうして調和などがあり得るのでしょうか?

「あなたが、何かをする時。
もちろん、相手に誤解されないように努める必要はあるだろうね。
だが、常に気を付けていなければならないのは、自分自身の状態なのだよ。
あなたが、もし、高潔で、誠実で、正直なら、何も問題はない。
その状態のあなたを、相手がどう思うのかは、相手に委ねられる。
あなたの事を、相手がどう思うかなど、それこそ相手の勝手だよ。
もし、あなたが、相手に対し、そこまでの理解を求めるというのなら、それは間違いなく要求のレベルだろうね。
何れ、あなたの要求は、これをしなければ、愛してやらないと言ったような、取り引きを生み出す事だろう。
内面的な、取り引きは、調和とは呼べない。
そうだろう?」

確かに、そうですね。
では、未来を求めずして、どうして、より良い社会が創られるのでしょうか?

「より良い社会などない。
より良いという表現は、今よりも良い未来と言う意味に他ならない。
そうだね?」

そうです。

「そもそも、あなたが、未来を求める理由、それは、今の状態に絶望しているからだろう?
まあ、絶望とはいかないまでも、間違いなく、今の状態に不満がある。
だからこそ、あなたは、未来に希望を託すのだよ。
未来への希望は、今を無視して、未来を変えようとする試み。
違うかな?」

そう言われてみれば、そうかも知れません。

「では、何故、あなたは、未来を変えようとするのだろう?
今、変わらなければ、未来も変わらないというのに。
どうして、今、あなたの内なる不満を理解して、変える事をしないのか?
それこそが、問題の本質だろうね。
あなたは、シャツのボタンの掛け違いに気付いた時、一番最初に戻ってやり直すだろう?
未来を変えようとする試みは、ボタンのかけ違いを、どこかで修正しようというあがきのようなものだね。
もちろん、最初のボタンが、かけ違っているのなら、その後に続く未来もまた、確実に違っているのだよ。
途中で修正はできない。
そうだね?
だからこそ、未来を求めず、今、変わる必要があるのだ。」
Category: 未分類
2012/03/23 Fri
私にはどうしても、自分にそんな、神にも等しき、創造の力がある事が信じられません。
どうしたら、私は、それを信じる事ができるのでしょう?

「あなたは、自分の力を信じたい。
つまり、あなたは、その根拠を欲しがっている。」

そうです。
どうか、私にそれを、信じさせて下さい。

「あなたの欲しがる根拠は、今までの私との対話の中にある。
あなたは、私だ。
それが根拠だよ。」

ですが、それすら信じられません。

「だからこそ、私は、愛とは常に、あるかないかのどちらかだと語ったのだよ。
あなたが、あなた自身を、後押ししてくれる根拠を欲しがっている限り、あなたは私ではない。
私は、必要性の領域に存在していない。
私は、どのような類の根拠も必要としない者。
したがって、私の存在は、誰にも証明できない。
しかし、私は誰の内にも、必ず存在している。」

誰にも証明できない?
それでは、やはり、何も信じられないではないですか。

「そう、私を信じる必要はない。
私は、証明の必要すらない、揺るがない真実。
だからこそ、私は、私を否定する全てを肯定する。
そして、もしも、あなたが、愛の存在を証明したいのであれば、ただ、そうありなさい。
そうであるなら、あなたは必ず、私の存在を証明できる。」

無理です。
私には、できません。

「なら、あなたは惨めに生きていくしかない。
どのような言い訳をしようとも、私を否定する者が、不安と葛藤に苛まれているのは明白な事実だ。
あなたが、何らかの根拠、そして、あなた以外の威光を必要としている限り、さらに、何かを妄信し、誰かを追従している限り、あなたは絶対に不幸なのだよ。
いくら誤魔化してもダメだよ。
私は、あなたについて知らない事は何もないのだからね。」

知っています。
それを知っているからこそ、辛くなるのです。

「そう、あなたの内面では、私と私でないものとの、激しい葛藤が起っている。
だが、私は、どちらにも軍配を上げたりしない。
私は、善でもないし、悪でもない。
もちろん、勝利する必要性すらも存在しない。」

しかし、私が、自分自身を追及すればするほど、周囲に迷惑をかける気がするのです。

「あなたが、目覚めれば目覚める程、周囲に影響を与えるのは確かだ。
だが、何が迷惑であって、何が迷惑でないのか。
あなたが持つ、迷惑の認識には、少し偏った部分があるね。
そうやって、あなたが、自分自身である事を放棄する限り、つまり不幸である限り、あなたは周囲にも同様に、不幸をもたらしている。
それこそが、迷惑なのだと、私は思うが?」

そうだとは、思いますがね…。

「だが、真にあなたが恐れている事は、それではない。
あなたは、たった独りで立つ事を恐れている。
あなたは、独りきりで立つという意味を、痛いほど良く分かっているからこそ、恐れるのだよ。」

「もしも、あなたが独りで立つのなら。
あなたは、仲間を求めない。
あなたは、理解を求めない。
あなたは、未来を求めない。
つまり、あなたは、何一つ求めないのだ。
何故なら、それが私だから。
もちろん、生きていく上で、必要なものはあるだろう。
だが、あくまでもこれは、あなたの内面についての話だ。
あなたは、自分以外、何も必要としない。
そう、それを、あなたが宣言した途端、周囲から、そして社会からの理解の範疇を超えてしまうだろう。
あなたは、それを恐れている。」

そうです。
私は、社会から孤立してしまうのが怖いのです。

「いや、それは違うな。
これは自立の道なのであって、孤立の道ではないのだよ。
何も求めないからこそ、他者との真の友情があり得るのだ。
あなたは、馴れ合いを求めない。
もちろん、あなたには、時間などない。
それも分かっているね。
少しずつだとか、徐々に、などというものはない。
変化の為の時間などは、単なる、あなたのいい訳であり幻想なのだよ。
そんなものはない。」

そもそも、そんな事をする必要があるのか、と自問自答を繰り返してしまいます。

「そう、そのような生き方をする必要が、どこにあるのだろう?
しかし、あなたは、高潔さとは、誠実さとは、正直さとは何かを、見出し始めた。
そして、あなたはその生き方を貫く決意を持った。」

そうです。
でも、恥ずかしい話ですよね。

「何て、馬鹿な事を言うのだろう。
あなたは、また自分を貶めている。
決意を持ったあなたを、次に待っているのは、それを立証する為に必要な、様々な存在からの干渉や、体験なのだよ。
もちろん、あなたは誰とも争う気はない。
しかし、今、他の現実を生きる者にとって、あなたは大変厄介な存在となった。
だから、先ほど同様、心が揺らがないように注意深くありなさい。」

分かりました。
そうあるよう、心掛けます。

「よろしい。
だが、安心していいよ。
あなたは、私が必ず守る。
それを今、ここで誓おう。」

ありがとうございます。

「礼には及ばない。
私は、全ての愚か者を守護する者だから。」

愚か者ですか。

「そう、あなたは愚か者だ。
それも、超の付く、ね。
だが、勘違いしないで欲しいが、褒め言葉だよ。
たった一度きりの人生を、あなたは、どのように生きるのだろうか?
それを、あなたが証明するのだよ。
誰に知られなくとも、ね。」
Category: 未分類
2012/03/23 Fri
あなたは、以前、死が最も強い浄化だと話されました。
では、例えば、勤めていた会社が倒産したり、家系が途絶えてしまう事も一つの浄化になるのですか?

「精一杯の努力をしているのに、崩壊を止められない事は、ままある。
もちろん、全ては起るべくして起っているのだから、何も心配はいらない。
崩壊は、あなた方にとって、一つのサイクルが終了した時に起る。
そこには、あなた方の生き方を根本から変えてしまうような、強烈な学びがあるのだ。
だが、その学びを終えた後、また新しいサイクルが開始されるのだよ。」

でも、終るという事は、殆どの人にとって、寂しい出来事ですよね?
もちろん、強い思い入れがあればあるほど。

「永遠の視点に立てば、何も終らない事が分かる筈だ。
だが、あなた方の限られた視点では、そのように感じてしまうだろうね。
もちろん、別の角度から見れば、そういった出来事も祝福なのだよ。
一つの課題が終了し、次のステップに進む。
あなた方の成長の証でもある。」

でも、立ち直れない人だっていると思いますよ?

「立ち直れない人もいる。
だが、いつまでも立ち直れない人はいない。
だからこそ、浄化とは何かを理解している者が、そうした者を励ますのだ。
つまり、あなたが、そうするのだよ。
その為の対話ではないのかな?」

そうだと思います。

「どんなに拙くてもいい。
また、必ずしも、理屈や言葉が必要な訳でもない。
未だ、立ち直る意思の持てない者の、ただ傍にいるだけでいいのだよ。」

確かに、そんなに人は強くありませんものね。

「いや、誰でも人は強い。
それこそ、無限の力を持っている。
だが、それに気付かない者もいる。
だからこそ、時には、同情や慰めが必要な場合もあるだろう。
もちろん、最終的に人は誰でも、たった独りで立たなくてはならないよ。
だが、それを励ます人も、必要なのだ。
あなたは、そういう人になりなさい。」

できる限りやってみます。
では、その為に、私は何が必要なのでしょうか?

「何も。
あなたは、何も必要とせず、たった独りで立つのだよ。
そうであれば、絶望を希望へと変える事が、必ずできる。
もちろん、あなたは、他の誰かよりも、先に進んでいるから、そうするのではない。
共に歩む意思を持つからこそ、そうするのだ。」

はい。

「もしも、あなた方一人一人が、自らの意思で立ち上がるのなら、その後に必ず道ができる。
それは、私へと続く道だ。」
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2012/03/21 Wed
この宇宙における人類の役割とは、一体どのようなものがあるのでしょう?

「宇宙の方向性を、自らの意思で、決定付ける事。
つまり、この宇宙を、あるべき方向へと導く使命。
それが、人類に課せられた役割だよ。」

そんな重要な役割があるのですか?
では、それを遂行する為に、どのような能力が人類には備わっているのでしょう?

「神は、自らに似せて人類を創ったと、聖書に記されていなかったかな?
まさにその通りなのだよ。
人類は、神に等しき創造の力を持っている。」

何度か聞きましたが、にわかには信じられませんね。

「あなたが、その力を信じられないのも無理はないね。
確かに、あなたの創造の力には、強い制限がある。
要するに、ストッパーの機能が付いているのだ。」

ストッパーですか?

「そう、あなたは、自らに強い制限をかけている。
平凡さ、つまりそれが、あなたの制限なのだよ。」

平凡さが制限ですか?
では、平凡に生きて何か、問題があるのですか?

「私は何も問題としない。
しかし、あなたにとっては、大きな問題だろうな。
もしも、あなたが、平凡に生きようとするなら、平凡な体験しかできない。
当然ながら、成長も遅々として進まず、凡庸な人格が形成されるだろうね。
だが、平凡である事を放棄した人は、自動的に非凡になる。
よって、並外れた体験をするだろうし、独特な成長を遂げるだろうね。」

では、平凡さとは、どのようなものですか?

「平凡さとは何なのか?
あなたが、平凡である時、それは、醜さであり、不自由であり、混乱であり、軽薄であり、不実であり、偽りであり、そしてユーモアの欠如である。
愛の欠如、つまり、それが平凡さなのだよ。」

では、私は平凡にならず、非凡を目指せば良いのですね?

「いや、残念だが、それは違う。
あなたが、非凡になろうとするなら、その行為こそが平凡さなのだよ。
その意味が分かるだろうか?
だから、決して、あなたは非凡にはなれない。
非凡さとは、努力や才能の類ではないからね。
つまり、非凡さとは、平凡さへの理解と放棄に他ならない。」

なるほど。
自分の平凡さを理解して、それをしないという事ですね。

「そう言う事になるね。
だが、もし、あなたが、自身の平凡さを受け入れたのであれば、同時に、この社会に迎合したという意味を持つ。
要するに、あなたは、あなた自身の恐怖に屈したからこそ、平凡になるのだよ。
したがって、平凡さとは、狡猾さと欺瞞の温床であり、逃避からの葛藤に常に苛まれるものだ。
だからこそ、愛は非凡なのだ。
つまり、非凡さこそが、愛なのだよ。」

では、愛こそが創造の源なのですか?

「そうだよ。
平凡な者は、世界を決め付け、自身の力も、その程度だと思い込んでいる。
つまり、制限のある平凡さでは、創造の力も微弱なのだ。
だが、非凡な者の創造の力は途方もない。
何故なら、枠を超越したところに、非凡さはあるからだよ。
よって、世界を変えるのは、多数の平凡さではない。
常に、少数の非凡さが世界を変える。
それが、宇宙の方向を決めるという事なのだよ。」
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2012/03/19 Mon
計画については理解しました。
しかし、今、世間様に対して、宇宙人などの話をすれば、頭が少し変な人に見られてしまうでしょうね。

「そうだね。
だからこそ、この地球で行なわれている意識操作の強力さが分かるだろう?
あなた方の社会は、枠を超えようとする者の存在を決して許そうとしないからね。」

まあ、確かにそうですが、私が知りたい事は、別に宇宙人などの情報ではなく、いかにして豊かに暮らせるのかって事なのですけどね。

「いや、この二つは、まったく無関係という訳ではないのだ。
それどころか、あなた方の存在そのものに関わる問題なのだよ?」

と、言いますと?

「あなた方、人類は、この地球から発生した存在ではない。」

はい?
それは、どう言う事ですか?

「理由は様々だが、他の宇宙から地球に入植して来た存在の子孫こそが、あなた方人類なのだよ。
だからこそ私は、誰もがワンネスだと語ったのだ。
そうした見方をすれば、あなた方だって立派な宇宙人なのだからね。」

人類って、この地球で発生した存在ではないのですか?

「もちろん違うな。
人は猿から進化したものではないのだよ。
もとより猿は猿だし、人は人だ。
もちろん、人類の方が猿よりも優れている訳ではない。
だが、あなた方は、ある計画の軸として創造された輝かしい存在なのだよ。」

いや、少し、話が飛躍しすぎではないですか?
他の惑星に生命が存在するという事すら信じがたいのに、我々が宇宙人?
それはいくら何でもって感じですよ。

「そう、それがあなた方の抱えている問題なのだよ。
あなた方は、随分長い期間、この地球に閉じ込められている。
前に、死後も創造は続くという話をしたのは、憶えているかな?」

はい。
もしかして、我々人類は、他の宇宙から入植したのはいいけれど、その事すら忘れてしまったので、ずっとこの地球で、盲目的に転生を続けているって事なのですか?

「確かに、それに近い状態と言えるかも知れないね。
しかし、それだけ、この地球の集合意識の檻は頑丈なのだよ。
何しろ、産まれて来た目的ですら、思い出すのが困難な世界なのだからね。」

ああ、その頑丈な檻を破った者こそが、いわゆる解脱者なんですね。
そうでしょ?

「その通りだ。
もちろん、解脱とは輪廻という循環を断ち切るものだから、愛のみがなせる業だよ。
だが、あなた方は急速に目覚めつつある。
そのお陰で、今、あらゆる社会的な固定観念は崩壊に向かっている。
もちろん、死後の世界についてもそうだよ。
あなた方は既に、この地球だけでなく、好きな宇宙に誕生する事を選べるのだよ。」

ほう、それが本当であるなら、大変ありがたい話ですね。
確かに、この地球の感覚に、どうしても沿えない人ってのもいますからね。

「そうだね。
だからこそ、そうした人を社会不適応者などと言って切り捨てたりしてはいけないのだよ。
あなた方の集合意識を変える為に、他の宇宙から来た真の勇者なのかも知れないのだからね。」

では何故、我々人類は、他の生命の存在も信じられずに、この広大な宇宙に、たった独りきりで取り残されているのでしょう?
それこそ、難民のように。
そうであるなら、誰か助けに来ても良さそうなものではないですか?

「もちろん、あなた方を救う為に、他の宇宙から、転生を通じて、同じ地球人類として生きていこうと決意した者は多くいる。
それこそ、自らの危険を顧みずに。
だが、この地球を取り巻く環境はそれ程単純ではないのだよ。
実は、人類の文明が、ここまでのレベルで発達した事は、何度もあるのだよ。
しかし、その都度、あなた方は、滅亡に近い破壊を起し、その科学や技術、そして知識を失って来たのだ。」

う~ん、では何故、人類は、そうした破壊を繰り返したのでしょうか?

「理由は簡単だよ。
知識や思考が、愛にとって変わったからだ。
科学の力が、倫理よりも優位になると、その文明は必ず滅亡する。
そして、あなた方が誇る、今の現代文明は、過去の滅亡した文明の末期と驚くほど類似している。」

なるほど。
確かに、もうヤバイ事は分かってますよ。
では何で、そういった宇宙の存在達は、そんな哀れな地球人類を助けてくれないのですか?
転生なんて面倒な事しないで、彼らの科学を以ってすれば、チョチョイのチョイってなもんですよね。
それなのに、ただ注目しているだけなのですか?

「いや、そうした存在は、何度も直接的に人類の問題に介入したのだよ。
もちろん、神としてね。
しかし、その介入こそが、この地球の文明の破滅へと繋がったのだ。
それは、この地球で、善を為そうとして、結果的に悪を行なってしまった、最も大きな出来事の一つだった。
この地球上に、今も受け継がれる各地の神話などには、正確ではないにしろ、その時のニュアンスが記されているものもあるね。
高度と呼ばれる宇宙存在も、もちろん間違いを犯す。
そして彼らも、その出来事を通じ、様々な学びを得たのだよ。」

では、この地球の問題は、地球人が解決しろと。

「そうだ。
あなたを助けてくれる存在は、あなた以外にない。
それは何度も説明したね。
どこの世界でもそうだが、あなたが弱くなれば弱くなるほど、あなたを助けてあげる、そう持ちかけてくる存在が現れるだろう。
だが、注意しなさい。
この世界に無償のものなどないのだから。
だからこそ、取り引きを求めてくる存在の多くは、下心があるものなのだよ。」

それって、人を疑えって事ですか?

「いや、あなたが疑わなければならないのは、自分自身の内にある恐怖だけだよ。
恐怖こそが、狡猾さなのだから。
恐怖は、あらゆる手を使って、自分を納得させよう、安心させよう、そして、なだめようとする。
それを疑うのだよ。」

恐怖をですか…。

「そう、狡猾さの産みの親は、恐怖なのであって、愛ではない。
だからこそ、どんな時でも、自分自身の状態を注視するのだ。
もちろん、何も恐れる必要はない。
そうであれば、あなた方の問題は、あなた方で必ず解決できる。」

本当ですか?
でも、見たところ大昔から人間の精神は、たいして進歩していないように見えますが?

「あなたが、そう思うのなら、そうだろうね。
だから、私からは、それだけしか言えない。
だが、“世界は見付けられるのを待っている”と私は語ったね。
つまり、あなたが目覚めれば目覚める程、あなたの認識が変わるような出来事が起こるのだよ。」

それってどういう意味でしょう?

「例えば、他の世界についての偏見を理解し始める。
人類のルーツについて、真剣に知りたいと願う。
あなた自身の力で、愛とは何かを見出す決意を持つ。」

そうすると?

「あなたの準備は整ったという事になるね。
そして、準備が整った者が多くなればなるほど、大きな目覚めの出来事が起こるのだよ。
つまり、あなた方が築いた太古の叡智、そして遺産が目を覚ますのだ。
それこそ、あなた方の想像も出来ないような方法でもってね。
そう設定されている。」

それも、計画ですか?

「そうだよ。」
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2012/03/16 Fri
あなたとの約束には、一体どのようなものがあるのでしょう?

「今、あなたの目の前にある問題が、あなたと私との約束だよ。
目を背けたとしても、いずれそれが浮き彫りになる。
つまり、それが、あなたの挑戦すべき、今世での課題なのだ。」

なるほど。
あなたは、以前、「私は誰も罰しない」と話されました。
では、あなたとの約束を守らないと、どうなるのでしょう?

「約束とは、あなたが自ら挑戦すると決めた課題の事だよ。
私は、それを許可したに過ぎない。
したがって、約束を守らなくても、別にどうという事もないよ。
ただ、私との約束を果たさなかったという事実だけが残る。」

まあ、約束を守らなかった時に罰など存在しないって事は分かりましたよ。
では、逆に、約束を守った時に褒美などは、あるのですか?

「あなたは何故、褒美を欲しがるのかな?
あなたの望みは、全て叶うというのに不思議だね。
全てが叶う、だからこそ、約束を守った時の褒美もない。
つまり、そういう事になるね。
約束を守ろうと、違えようと、人は、いずれ私に帰るのだから、特に問題はないだろう?」

確かにそうなんでしょうけど、約束を守った時に褒美がないのでは、少しがっかりしますね。

「約束を果たした時、あなたが自分自身を誇れるのなら、それが一番の褒美ではないのかな?」

確かにそうですね。
それが一番です。

「人は、生きている限り、必ず困難に直面する。
何故なら、それがあなたの課題であり、私との約束だからね。
だが、それをどう克服するのかは、人それぞれだ。
人によっては、逃避するかも知れないし、またある人は、それを正面から向き合い、乗り越えようとするだろう。
もちろん、どちらも間違いではない。
ただ、それぞれの生き方があるというだけの話なのだよ。」

なるほど。
あらゆる生き方が許されているという事ですね。

「もちろん。
要するに、あなた方の宇宙は、まだまだ試行錯誤の段階なのだ。
あらゆる可能性が存在し、どのような方向に向かうのかは、未だ未知なのだよ。
だが、あなたの住む、この地球も生命であり、その活動を行なっている。
生命なのだから、当然意識も存在する。
そして、自らが、どの方向に向かうのか、既にその意思は既に決まっている。」

そうなのですか?

「そう、つまり、あなた方は、この世界の現状を維持する事が、もはや不可能となった。
あなた方は、地球の転化に否応なしに付き合わされる事になる。
地球で暮らす者は、誰でも、地球との深い絆があるのだからね。
よって、その激動の波を乗りこなす人もいれば、波から落ちる人もいるだろう。」

それって最後の審判的な事ですか?

「いや、私は、誰も裁きはしないよ。
あなた方が、自ら選ぶのだ。
もちろん、その波から落ちたからといって、別にどうという事はない。
だからこそ、私は、あなた方の為に、世界を七つ用意した。」

その世界への移行、それぞれの分岐が今って事ですか?

「そういう事になるね。
だが、どちらにせよ、あなた方は全て救われる。
つまり、あなた方が、何を選ぶのかと言う事なのだよ。
あなた自身の生き方こそが、問題なのだ。」

生き方ですか。
私は、そんな立派な人にはなれそうもありませんよ。

「私は、何も、大それた事をしなさいと、言っている訳ではないのだよ。
どのような事態になっても諦めてはいけない。
あなた方の無限の想像力を眠らせてはいけない。
そう、切言しているのだ。
今、地球の抱えていた闇が、表面に浮上しつつある。
社会に蔓延している鬱などは、その影響もあるのだ。
だからこそ、あなた方は、注目されている。
実を言えば、あなた方の考える以上の、その想像をはるかに超えた数の視線が、あなた方には注がれているのだ。」

それは、前にも聞きましたが、要するに他の惑星の存在達からもって事ですか?

「もちろんそうだよ。
だが、宇宙人とは考えなくてもいい。
地球人であれ、他の惑星の者であれ、誰もが、この宇宙で暮らす、ワンネスなのだからね。
だが、これだけの強い操作がある惑星は、宇宙広しと言えども、この地球以外、どこにもないのだ。
だからこそ、その操作を乗り越えられる強い意思を持った人間が、この宇宙には必要不可欠なのだよ。」

ほう、それを必要としている存在が、てぐすね引いて待っていると?

「そう、これからの、地球は、新しい時代に突入するのだ。
つまりは、宇宙時代だね。
だが、人類が宇宙に進出する為には、様々な存在の許可が必要なのだよ。
あなたは、アバターという映画を観た事があるだろう?」

あります。

「あれは、そういった、宇宙存在からのメッセージなのだよ。
人類が、今抱えている様々な偏見、そして利己的な野心を抱えたまま、宇宙に進出するなら、必ず他の宇宙存在との争いが起るだろう。
それを懸念している者もいるのだ。
何しろ、あなた方は、月に自国の旗を立ててしまう程の文明レベルなのだからね。」

お恥ずかしい限りです。

「事実を指摘しただけだから、気を悪くしないで欲しいな。
つまり、愛があるなら、あなた方、人類は新たな宇宙時代に突入するのだよ。
しかし、そうでないなら、この計画は失敗に終る。」
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2012/03/15 Thu
私は何で他人に対して、卑屈になったりするのでしょう?

「卑屈さ、それもまた、一つの攻撃性だ。
人間の本質には、強い攻撃性があるのだよ。
卑屈さとは、自分を劣った者として卑しめる行為だね。
あなたもそうだが、多くの人は、自分をより大きく見せたい、つまり何かを自慢したいと考えるだろう?
高慢さは、わかりやすい攻撃性だ。
あなたは、自慢する心の醜さを知っているからこそ、その攻撃性をマイナスのベクトルに変換したのだ。
それが、卑屈さだよ。」

「つまり、向かう矛先が違うだけで、卑屈さも、高慢さも、同じエネルギーが基になっている。
それは、分かるだろう?
したがって、卑下する者の本質は、自分だけでなく、他人をも見下しているのだよ。」

ふむ。
では、何故、人間の特性には、攻撃性があるのでしょう?

「理由は、簡単な事だよ。
赤ん坊は、産まれてくる時、笑わないで泣くだろう?」

それと攻撃性に何の関係があるのでしょう?

「全ての攻撃性の原因は、恐れだという事を、前に話さなかったかな?
つまり、人は強い恐怖を伴って産まれて来るのだよ。
恐怖、それが人間の特性だ。
だから、人が誕生するという事は、それだけ勇気が必要な事なのだよ。」

では、何故、人には恐怖が必要なのですか?

「私には、恐怖などない。
だからこそ、あなた方は、私になる為に、恐怖について調べなければならない。」

その為に必要な恐怖って事?

「もちろん、あなただって、その気になれば、恐怖からは自由になれるよ?
だが、もし、あなたが、生きる事を恐れているなら、恐怖に取り込まれてしまうだろうね。
そういった意味では、人は恐怖と上手く付き合う事は必要だろう。
つまり、生きる事を恐れなければ、恐怖などはないのだよ。」

恐怖の原因は、生への恐れなのですか?

「そう、だから生きる事を恐れない者は、死を恐れない。
本来の死とは、逃避の結果ではないのだからね。
もっとも、過去の原始的な社会では、人は恐怖を利用しないと、生きていけなかった。
つまり、恐怖は、生存に必要な要素だったのだよ。
だが、今、多くの人達が、恐怖とは何かを見出しつつある。
それは、喜ばしい事だよ。
もちろん、今でも恐怖を利用して、活動を続けている存在も、いるにはいるがね。」

恐怖にまつわる、過去からの情報が、人類の遺伝子なんかに刻まれていると。
そんな感じなんですか?

「まあ、そういう見方も出来るだろうね。
だが、人類の抱える恐怖、つまり攻撃性は、明らかに動物的なものと、これまでの社会によって引き継がれて来た伝統的なものだ。
もちろん、そういった過去からの呪縛も、愛であるなら解き放つ事ができる。
だからこそ、社会が恐怖を利用する限り、また、人々が恐怖を受け入れ続ける限り、いつまでたっても調和などはあり得ないのだよ。」

それが卑屈さをも生み出すって事ですか?

「生きる事を恐れているのであれば、当然そうなるだろうね。
もちろん、わざとらしさのない慎み深さ、そして思慮深く控えめな人に好感が持てるのは事実だ。
よって、処世術として謙遜が必要な場合もあるだろう。
だが、あなたの場合の謙遜は卑下であり、いわゆる謙虚さと大きく質が異なっている。」

どういう事なのですか?

「つまり、こう言うことだよ。
あなたは、対象が存在しないと、自分が何者なのか判断ができない。
だからこそ、相手にとって、自分がどんな存在であるのかを確認する為に、さらに、相手がどんな存在なのかを探る為の手段として、謙遜、つまり卑下を使うのだよ。」

要するに、駆け引きですか?
まあ、人と接する時、卑下の方が、自慢よりはマシだと考えるんでしょうね。

「だが、自慢も卑下も、同じレベルでの攻撃性なのだよ。
度が過ぎれば、嫌味にもなるのだから。」

なるほど。
確かにいやらしい感じがしますね。

「そう、下心があるからこそ、あなたは、卑下を使うのだ。」

下心か。
いや、自分の本心は、なかなか自分では、気が付かないものですね。

「いや、殆どの場合、行為の中に動機が含まれている。
だから、その行為が何を意味しているのかを探ればいいのだ。」

では、私の場合、卑下を使う動機は何でしょう?

「つまり、あなたは、ありのままでいられない。
今のあなたに満足できないのだ。
だからこそ、あなた自身の価値を卑下でもって、吊り上げようとするのだよ。」

そんな事はないよと、誰かに言って欲しい。
誰かに慰めてもらいたい。
だからこそ、自分の価値を操作しようとしているのですね。

「ありのままが、真の美しさであり、自由であり、平和なのだよ?
そして、ありのままの否定こそが、攻撃性の原因なのだ。
つまり、あなたは、ありのままの自分で生きる事を恐れているのだよ。」

確かに、ありのままの自分でいる事は、大変な勇気が必要です。
嫉妬や、恐れから自由になっていなければ、ありのままの自分ではいられませんからね。
では、向上心は必要ないのですか?

「私は、あなたに何も求めない。
もちろん、できない事ができるようになる事は、素晴らしい事だよ。
だが、それができようが、できまいがあなたの価値は変わらない。」

でも、それでは、人は自堕落になってしまいませんか?

「できるできないより、あなたが愛しているものを見つけ出す方が、よっぽど重要な事柄なのだよ。
好きな事や、本当に大切な存在があるのなら、人は決して自堕落になどならない。
つまり、あなたが、ありのままを生きる為に必要なのは、愛だけであって、向上心も勇気も、本来は不必要なのだよ。
それが、真実だ。
だからこそ、私に言わせれば、ありのままを認められない事の方が、はるかに自堕落なのだよ。
あなたは、生きる事を恐れるからこそ、卑屈や、怒りと言った感情を繰り返すのだ。
では何故、人がありのままの自分を認められないのか分かるかな?」

何故でしょうね。

「社会は常に、あなた方に対して取り引きを持ちかけてくるからだよ。
これが、できなければ、愛してやらない。
つまり、愛が取り引きに成り下がったからこそ、人はありのままでいられなくなったのだ。」

愛の取り引き。
それが、ありのままの自分自身の否定に繋がるのですね。

「そうだよ。
もちろん、私は、取り引きそのものを否定している訳ではないよ。
愛は、取り引きではないと言っているのだ。
要するに自己顕示や、媚びへつらいは、単に駆け引きや、取り引きの技術なのだよ。」

「私と、同じように、あなた方は、全知全能の存在だよ。
だから、あなたが、愛であるのなら不可能はない。
ありのままの否定は、攻撃性の受容であり、愛の否定だ。
それを忘れないで欲しいな。」
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2012/03/11 Sun
トラウマだけでなく、鬱屈した感情や、何かに怒りを抱いた時、それを表に出すのは確かに効果的だと思います。
ですが、誰かに傷付けられた時など、それを表に出して、その相手に直接伝えると言った行為が、果たして良いのか悪いのか判断に迷います。
そんな時は、どうすれば良いのでしょう?

「それがあなたの質問かな?
行動に迷いが生じた時、どうすれば良いか?
私の答えは、決まっている。
私に帰りなさい。」

それは分かります。

「なら、あなたの好きなようにすれば良いのではないか?
あなたは、どうすれば良いのかを絶えず、過去のあなたの総意である私に問うね。
だが、本当の私は、今であり過去には存在しない。
答えは常に、今にある。
したがって、あなたと私に分離がある限り、どのような行動をとっても、愛ではないし、善にはならないよ?
私との葛藤、これは、あなたにとって重要な問題だね。
だから、あなたは、少しずつでもいいから、自分の行動の責任は、自分で取らなければならないだろうね。」

言いたい事は、分かっています。
できる限りそうしますよ。

「なら結構。
では、質問に戻るよ。
あなたが他人から傷付けられた時、その痛みを相手に訴えるべきか否か。
もちろん、自分の気持ちを相手に伝えなければ、後にあなたを鬱積した思いが襲うだろう。
だったら、あなたは、どうするのかな?
もっとも、相手に、自分の気持ちを伝えるにしたって、時と場合にもよるだろう?」

確かに、そうですね。
恐らく、言うべき時には言うと思いますし、言う必要がない時には言いませんよね。

「そうだね。
あなたが、言うべき時に、それを言えるのなら、何の問題もない。
だが、言いたいのに、言えないのであれば、あなたと私は、間違いなく分離している。
よって、その場合のあなたには、言えない理由、つまり制限があるという事になるね。」

その通りです。

「あなたは、言うべき時に、自分の気持ちを相手に伝えられない。
あなたは、その原因、つまり自分に課せられた制限を知りたがっている。
それが、私に対する、あなたの質問の真意だ。
違うかな?」

やれやれ、あなたは、何でもお見通しなんですね。
そうです。
私は、言うべき時に、言いたい事を我慢している。
本当は、それに気が付いています。

「そうだね。
あなたは、あなた自身が創り上げた戒律によって、拘束されている。
その葛藤、その苦しみの一つ一つが、この社会から輝きを失わせる。
そうは、思わないか?」

しかし、言いたい事を言って人を傷つけるのは、やっぱり嫌な感じがするのです。

「では、それ故に、あなたは自分を傷つけるのかな?
逆に、それを言えば相手が傷付くと、何故、あなたは考えてしまうのだろう?」

私が相手の立場だったら、それを言われたら、間違いなく、私は傷付くからです。

「そうだろうね。
相手とは、紛れもなく、あなた自身なのだから。」

そうなのですか?

「そうだよ。
あなたは、相手が、自分自身の投影だという事を、本当はよく知っているのだ。
では、あなたの本当の心の声を代弁してあげよう。
あなたは、相手を傷付けたくない。
だからこそ、言いたい事が言えないと主張している。
もちろん、あなたの表面的な望みは、相手を傷付けたくないという事だ。
だが、本心は違う。
あなたの本心は、自分が傷付かないという事を望んでいるのだよ。」

いや、そんな事はありませんよ。
私は、相手を傷付けたくないだけです。

「ある意味ではその通りだ。
だが、あなたは、いくつもの意識の階層を持っているからこそ、本心に気が付かない事がある。」

では、私は、私自身の見たくもないところに蓋をして、自分を守っているという事ですか?

「残念だが、そういう事になるね。
あなたは、あなた自身の投影によって、相手が傷付くかどうかを判断している。
つまり、相手に自分自身の姿を重ねているのだよ。
だからこそ、あなたは、相手に投影した、あなた自身を傷付けたくないと考えてしまい、言いたい事も言えなくなるのだ。」

それは、一体、どういう事でしょうか?

「相手が傷付くと、何故考える?
相手の気持ちが、あなたに分かる筈もないのに。
自分の言いたい事を我慢すれば、他人に投影した自分は、傷付かずに済む。
それも、一つの自己犠牲的な、自己愛だろうね。
もちろん、自己愛は、真実の愛ではないよ。
実は、その言えない部分こそが、あなたの抱える課題であり、心の傷なのだ。
したがって、自分も他人も、真に愛している者は、言うべき時に、言いたい事を言うだろう。」

では、言いたい事を言えって事ですか?

「もちろん、そうだよ。
ただし、言うべき時にね。
断るまでもなく、怒りに任せたりしてはいけないよ?
何でも自分の感情を、相手にぶつけるのであれば、それは独善的なエゴだ。
つまり、自分が傷付きたくないからこそ、先に相手を傷付けようとする類のものだよ。
それも、間違いなく、私との分離がある。」

では、言うべき時とは、どんな時なのでしょう?

「相手を思いやってるからこそ、相手に、自分の感情を伝えなければならない時。」

それが言うべき時って事?

「そうだね。
もちろん、相手を思いやっての行為であるなら、だよ?
しかし、何事にも、言うべきタイミングはある。
もっとも、今のあなたには、そのタイミングは分からないだろうね。」

いや、是非、そのタイミングを知りたいのですが。

「いや、タイミングとは、常に自然そのものだよ。
それ故に、あなたは発言に迷うのだ。」

では、そうすれば良いのですか?

「そんな時こそ、あなたの創り出した七つの叡智を使うのだよ。
その為に創り出した指針なのだろう?」

ああ、なるほど。

「まったく。
せっかくの叡智なのだから、上手に活用しなさい。」

はい。

「つまり、七つの叡智が、真の意味で、あなたに備わった時。
それが、相手に伝えるべきタイミングを示すだろうね。
もちろん、それは自然な行為であり、相手を思いやったものだから、単なる反発とは別物だよ。
したがって、あなたの心には、葛藤という、私との分離もないだろうね。
だからこそ、自然のタイミングが、最も神性なのだよ。
それに、」

それに?

「もし、言うべき時や、やるべき時に、あなたが、それを表現できるのなら、あなたの心の傷は間違いなく癒されるだろう。
心の傷は表に出し、光を当ててやると早く癒える。」

なるほど。

「あなたにとって、心の傷を癒す事は、とても辛いだろうし、勇気が必要な事かも知れない。
だが、もし、それを行なう意思を持つなら、あなたはまた一つ、美しくなるし、自由になるし、平和になるだろう。」

そう、それが愛?

「そうだね。
よく分かっているではないか。」
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2012/03/10 Sat
では、早速、トラウマの開放についてお話願えますか?

「その話の前に、地球が抱えている傷について、少し語っても良いだろうか?」

はい。

「あなた方は、生きている限り、大なり小なり、必ず心的外傷を受けているね。
それどころか、生まれ落ちた時から、心に傷を負っているのだよ。
何故だろう?
それは、あなた方が、この世に生を受ける時に、地球が抱えている傷を、必ず請け負って生まれてくるからだよ。
地球が過去、人類から受け続けた傷をね。」

何故そんな傷を請け負わなければならないの?

「何事も、無償のものはないと、私は話さなかったかな?
あなたは、地球の傷を請け負うという私との契約に同意したからこそ、この地上に存在出来るのだよ。
もちろん、それは、あなたが、愛になる為の一つの課題だ。
あなたが、全ては一体である、つまりあなたは、地球そのものだったという事に気が付く為の、私からの贈り物だね。
だから、あなたは生きて存在している限り、地球に対して必ず貢献している。」

何もしなくても?

「何もしないというのは、不可能だ。
だが、逆に新たな負債を創り出す事も可能だよ。
あなた方は、縁があるからこそ、その土地で暮らす事ができる。
もちろん、あなた方だけでなく、目に見えない意識も、その土地には存在し、活動している。
あなた方の抱える心的外傷は、その土地にまつわる傷であることが多いね。」

なるほど。
様々な存在が共存しているんですね。
何事も自分本位ってのは、いけないって事ですね。

「いや、最終的な調和は、全てが自分本位だよ。
だが、あなた方は、まだその段階ではないね。」

ふむ、とりあえず、その土地を癒せば、心の傷も浄化できるって事ですか?

「そういう事もあるね。
だが、究極的な意味合いでの浄化は、その人が、請け負った課題の解決だから、それは死をもって終了するという事になるのだよ。
本来の死の意味は、地球から請け負った負債を恩恵に変える、最も美しく、最も喜ばしい出来事だ。
だが、あなた方は、その意味について知らないから、死を嘆くし、悲しむだろう?」

それは、そうですよ。

「なら、あなた方は常に夢を描き続けないといけないな。
今生の課題が終ってもなお、次の挑戦すべき課題を、自らが創り出すといったような。」

なるほど。

「では、いよいよ自身が受け負ったトラウマの開放について話をしようか。
心的外傷を癒すには、様々な方法がある。
もちろん、その土地を癒す事も効果があるし、何らかの信仰にすがる事も悪い事ではない。
だが、最も効果的なのは、その心的外傷を表に出す事だよ。」

どういう事でしょう?

「何事も、愛であれば救われると私は言ったね?
心的外傷について、誠実かつ正直に接する事が出来ればいいのだよ。
もちろん、表に出す事が出来るようになるには、時間が必要な場合もあるがね。」

で、トラウマを表に出すとは?

「開き直るという言葉があるが、あれは良い言葉だね。
心的外傷も同じで、心を開けば治るのだよ。
この世には生命しか存在しないから、トラウマ自体も生きている。
生きていているからこそ、あなたを苦しめるのだよ。
忘れよう、封じよう、なかった事にしようとすれば、心的外傷はより大きな傷を残す。
そうならない為には、その心的外傷をプラスに変換するのが最も効果的だ。」

では、その具体的な方法を説明して下さい。

「コンプレックスを売りにしているコメディアンなどは、マイナスをプラスに変換してしまう達人といえるね。
それと同じで、心的外傷も、表に出してしまえばいいのだよ。
表に出してみると、あなたの抱えるトラウマは、他人にとっては、意外に些細な事である場合も多いのだよ。
もちろん、あなたの傷は、本質的に他人には分からない。
だからこそ、他人の目が気になる人は、個人的に、ノートにでも書き出してみるといい。
そして、その出来事から受けた、マイナス面、そしてプラス面を見つけ出しなさい。
あなた方は、物事という多角的な面の一面しか知らないからこそ、苦しむのだよ。
どんな出来事にも、必ずプラスの面がある。
そうやって外傷を少しずつ表に出して、闇を光に変換していけばいいのだ。」

ブログに載せるのも効果がありそうですね。

「もちろん、効果がある。
だが、自分の心的外傷を、誰かに、分かって欲しい、慰めて欲しいと思うようになると、別の問題が発生してしまうから、その欲求については程々にしないといけない。
本当は、トラウマを克服などしなくて良いのだよ。
要するに、あなたが、そのトラウマを特に気にしなくなれば良いのだから。」

そうですね。
しかし、大切なのは、トラウマが根付かないような生き方をするって事だと思います。

「その通りだよ。
誰でも、心的な傷を受けているのにも関わらず、それを感じさせない人もいる。
それは、その人が、その傷に対しても、美、自由、平和、高潔、誠実、正直、ユーモアを持って接しているからだよ。
だから、どんな心の傷でも、たちまち癒してしまうのだ。」
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2012/03/08 Thu
苦しみの原因を見つけ出すのは、比較的簡単にできますが、例え見つけたからと言って不安がなくなる訳ではないし、苦しみから逃れられる訳では、ありませんよね。
不安を解決する方法って何かありますか?

「この苦しみと呼ばれる問題を解決する為に、人類は様々な策を講じてきたね。
例えば、神や仏というものは、苦しみを取り除く為の、人類の偉大な発明品だ。」

あれ?神が人類を創ったのですよね?

「いや、神は人間を創らなかった。
さらに、神と呼ばれる概念を創り出したのは、間違いなく人間の方だ。」

では、神も仏もいないのですか?

「そんな事はないよ。
もちろん、存在する。
だが、どのようなものであれ、存在するのは常に、別の姿を採ったあなた自身だよ。」

でも、結局の所、いくら神や仏にすがっても、苦しみからは逃れられないって事ですよね?
だって、それで逃れられるなら、とっくに世界は平和な筈なんだし…。

「苦しみから逃れようとするから、苦しみが追ってくるのだよ。
もっとも、神仏にすがる事は、癒しにはなるだろうね。
しかし、苦しみの根本的な治療とはいかないな。
外部に救いを求める方法は、どうやらあまり上手く機能しなかった。」

でも、信じ込めば救われるのでしょう?

「どうだろう?
あなた自身は、どう思うのかな?」

妄信って事ですよね?
私は、何となく気持ち悪いので嫌です。

「なら、そうだろう。
だが、何事も妄信する前に、疑問を持つのは良い心構えだ。」

ですが、もう少し自由でハツラツとした救いというか、そういうものがある気がするんですけどね。

「なるほど、あなたの言いたい事は分かるよ。
では、例えば、不安や、苦しみの原因は、大きく二つに分類されるのだが、あなたにそれが分かるだろうか。」

何でしょう?

「一つは、自分が請け負った過去のトラウマ。
もしくは外部からの意識の干渉、その二つだよ。」

干渉ですか?

「人間の脳は、高度な受信機のようなものだから、外部の意識を拾ってしまい、それが自分の考えだと思い込んでしまう事がある。
これは、注意しないとならないね。」

そんな事もあるんですね。

「そう、この世界にには、意識しかないからね。
物質ですら、特定の意識を発しているからこそ、人はそれを知覚できるのだよ?
生きて活動している人間はもちろん、肉体は持たないが意思を持った存在や、さらに過去や未来の、あらゆる意識が、この世界に漂っていると考えてもいい。」

え?漂っているような意識があるのですか?
では、それを受信すると、どうなるのです?

「あなた方の見方では、良いも悪いもあるだろうが、気にしなければ、どうという事はないよ。
もっとも、言葉だけではなく、感情に直接訴える意識もあるから、これは自分の意識ではないという事に気が付く事が大事だね。
そうでないと、その意識に自我が取り込まれる事がある。
漠然とした不安、自分本位な妄想などは、その類の干渉の場合が多いね。
もちろん、どの人でも、何らかの干渉は受けているが。」

そうなのですか?
それは怖いです。
そんな時は、どうすればいいのですか?

「だから、恐れなければ良いのだよ。
そして、はっきりと拒絶する事だ。
心配したり、不安になると、相手に力を与えてしまう。
もっとも、あなたの人生の権限はあなたにあるのだから、特に何も問題はないよ。
ただ、他人の目が気になる人や、自分の事を顧みない人、そして優しい人ほど、その手の意識に強く干渉されやすいので、いつでも自分の本当の意識に切り替えられるよう、注意が必要かも知れないな。」

頭の中で、良くない事を、囁かれたりするって事ですよね?
何で、そんな意識が野放しにされているのですか?

「私の目線では、何も悪い事をしていないからだよ。
特に、高次になればなる程、意識に迷いがないから、あなた方にとって、かなり強力な干渉になるだろうな。」

高次元って善良なものばかりじゃないの?

「はっきりと自分を自覚している存在が、高次なのであって、善良なものもいれば、悪質なものもいる。」

悪質なものも存在するのですか?
何で、そんな存在を許すのですか?

「あなた方の尺度では、許しがたい存在でも、宇宙的な視野、永遠のスパンから見れば、全てが私であり、あなただからね。
悪質なものが存在しなければ、善良さも分からないだろう?
だが、あなたの言い分も分かるよ。
だから、こうして助言をしているのだ。」

自分で何とかしろって事ですか?

「あなた方には、その力があるのだからね。
もちろん、この宇宙にヒラエルキーなどは存在しないよ。
だが仮に、意識の階層が存在したとするなら、その頂点は、間違いなく私だ。
私は、あらゆる悪魔の王であり、あらゆる天使の長である。
もっとも、私はどこにも属さないのだし、あなたが、私、つまり愛であるなら、何も心配はいらない。
もし、あなたが、美、自由、平和、高潔、誠実、正直、ユーモアを心がけるなら、私の権限で、どのような干渉も無力になる。」

えっと、これは、スピリチュアル的な観点での話しですよね。

「もちろん、そうだよ。
だが、現実的にも、この社会には、あなた方の意識に対する、強力な操作が存在している事は分かっているだろう?
それも、漂う意識の一つなのだよ。
では、次回は、より実用的な、自己のトラウマの解放について説明しようか。」

よろしくお願いします。
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2012/03/07 Wed
何故、愛という言葉は、これほどまでに蔑まれてしまったのでしょう?

「理由は主に、二つあるね。
一つは、今まで多くの人が、愛を語って失敗してきた事を、人々は潜在的に知っているから。
もう一つは、絶望を避けているからだ。」

絶望を体験しないと、愛になれないのですか?

「愛とは、決して生ぬるいものではない。
ましてや、人の都合によって移ろうものでもない。
よって、愛である為には、絶望は避けて通れない。」

それは、普通に考えても嫌な事だと思いますが。

「そう、人々は、自分にとって都合が良い事だけを望む。
だから、いつまで経っても、愛の断片でしかいられない。」

なら断片で良いですよ。
特に全体にならなくても。
全体って、つまり、あらゆる体験の事でしょう?

「そう、全体的になるとは、あらゆる体験をすると言う事になるね。
人は、絶望を体験したくないから、愛の存在を否定する。
だからこそ、愛とは、あるかないかのどちらかなのだ。」

でも、絶望を拒絶したからと言って、それが悪いって事では無いでしょう?

「そう、別に悪い事ではないね。
だが、絶望を拒絶するなら、世界の悲しみは絶える事はないだろうな。
人は、愛が知覚出来ないことも、愛が絶望だという事も、本当はよく知っている。」

それでは、愛は希望ではないの?

「もちろん、愛は希望だよ。
だが同時に絶望でもあるのだよ。
これは、以前話したね。
闇がなければ、光もない。
あなたが、もし光であるなら、闇とは何かを知らなければならない。」

でも、殆どの人は、光ばかりを求めていますね。

「だから、ごく小さな光でしかいられないのだ。
命は光だろうか?
違う!命は闇の中にまたたく光だ!
そう言ったのはナウシカだったかな?」

コミック版の風の谷のナウシカですね。
あなたも、風の谷のナウシカ好きなのですか?

「あなたに関心があるものは、私も同じように関心がある。
何しろ、あなたは、私だからね。」

「話を戻すが、つまり光の世界とは、死の世界なのだよ。
そこは、静止した、動きのない世界。
だが、この世は、生と呼ばれる動きの中にこそある。
そして、あなたは、無数の死の上に成り立っているからこそ存在出来る。
だからこそ、この世は闇なのだ。」

人は出来る限り、それを見ないようにしているだけの話であって、この世は、闇がそこらじゅうにひしめいている世界なのですね。

「役に立つ視点かどうかは別としてだが、そうした見方も出来るだろうね。
だが、絶望の中でも、美しく、自由で、平和でいられるのなら、そこに愛と希望があるだろう?
だからこそ、命は闇の中にまたたく光なのだよ。」
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2012/03/05 Mon
あなたは、前回、自己犠牲的な生き方は周囲を不幸にするとおっしゃいましたが、具体的にそれを説明して頂けませんか?

「あなた方は皆、創造主だという事を、私は繰り返し語ったと思うが、それは憶えているね?」

ええ、もちろん。

「では、人は、他人を変える事は出来ないが、影響を与える事は出来るという話をした事も憶えているね?」

理解しているかどうかは分かりませんが、対話自体は憶えています。

「よろしい。
人は、何もしていないように見えても、必ず、創造を行なっている。
生命、それ自体が創造なのだからね。
その人の状態すらも、ある種の行為だから、創造を行なわない、つまり何もしないという事は、存在している限り不可能なのだよ。
では、質問に戻ろう。
自己犠牲が、何故、他人をも不幸にするのか?
それは、自己犠牲は連鎖するからだよ。
仮に、あなたが、自己犠牲の犠牲になるなら、あなただけでなく、その犠牲となる他人をも必ず創り出してしまう。
それが、自己犠牲の特性なのだ。」

ほう、それは、何故でしょう?
自分だけ我慢すれば問題はなさそうな気もしますが。

「愛でないものは、必ず滅ぶという事も私は語ったね?
自己犠牲とは、恐れに根ざした立派な攻撃性なのだよ。
したがって、愛ではないから必ず滅ぶ。
だから、自己犠牲は愛ではないという、事実を、あなたに突きつける為の使者が、私のもとから必ず送られるのだよ。
愛とは何かを、あなたに気付かせる為の、私からの使者だ。
あなただけでなく、誰もが、愛とは何か、自分自身とは何かを表現する為に、この世に生を受けた私の使者だ。
だから、愛でない行為を続けようとするなら、それをストップさせようとする、私からの意図、つまり愛からの意図が働く。
それは、概ね犠牲を伴うものになるね。
よって、あなたの自己犠牲の犠牲になる人が、必ず現れる。
自己犠牲的な精神は、エゴだからね。
もちろん、その犠牲になった人も、あなたの愛になる為の課題に参加しているのであって、究極の意味合いにおいては、犠牲は存在しない。
もっとも、当人は、それに気が付いてはいないだろうがね。」

なる程、それが結果的に犠牲の連鎖に繋がると。

「そう。
何も、連鎖は犠牲においてだけ起る事ではない。
全ては、あなたの生き方を巡って連鎖反応を起す。
もちろん、幸せも、連鎖するという事は理解できるね?
例えば、親が幸せなら、子供も幸せになるという事だよ。
もっとも、誰にも他人を変える事は出来ないから、厳密な意味では、親しい人が幸せでも、不幸に陥る人もいるし、その逆もある。
だが、私は、この世は縁の世界だという話もしたね?
縁と呼ばれるものは、目には見えないが、近しい関係になればなる程、精神的にも強く響きあう。
もちろん、親や子はその最たる例だ。」

例えば、親が自己犠牲的な生き方をしていると、その負の連鎖は、子に行ってしまうって事?

「そうだよ。
そうなる可能性が非常に高いね。
特に子供は、縁の繋がりによって、親に強く影響されてしまう。
さらに、創造は長く続ければ続けるほど、強固になっていく。」

強固に創り上げてしまった負の創造は、どうすれば崩す事が出来ますか?

「特に難しい事では無いよ。
つまり、負の創造とは、言わば偽りの創造なのであって、真実は、愛の創造のみにある。
だから、愛である為の七つの叡智を使って、自分が創り上げてしまった、制限を一つずつ外していけばいいのだ。
そうであれば、偽りは即座に崩れる。」

ああ、そうか、自分に制限を課しているから、自己犠牲的な生き方になるんですね。

「そうだね。
自分に制限を課すという事は、我慢する、つまり忍耐や辛抱を要するといった事なのだから、精神的にも肉体的にも負担をかける生き方だ。
自己犠牲は、いずれ自分自身をも破壊する。
だが、自分に制限が存在しないのなら、当然、自己犠牲はないし、負の連鎖も止まる。
それが、自由、つまりは愛だ。
この世に愛に勝るものは存在しないのだよ。
その負債が、どれだけ強大に、そして、どうにもならないように見えたとしても、愛の前では全てが無力だ。」

私に帰りなさいって事ですね。

「そう、私に帰りなさい。
そうであるなら、全ての偽り崩壊し、あなた方は救われるのだよ。」
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2012/03/04 Sun
しかし、世の中にはどうにもならないって事がありますよね?
そういった場合はどうすれば良いのでしょう?

「どうにもならない事などない。」

いや、例えば、やりたい事があるのに、家庭環境の所為でそれが出来ないとか、親の期待を考えると、それが出来ないと言ったような事です。

「まず、やりたい事があるにの、家庭環境や親の所為でそれが出来ない。
それは、家庭環境や親の所為ではなく、その人の所為ではないのかな?
どのような場合においても、優先させるのは、自分の意思だよ。」

何故、自分の意思が最優先なのですか?

「あなたの人生の主人公は、あなたではないのか?」

それで、最悪の事態が起った場合はどうすればいいのですか?
結果的に、その人が十字架を背負う事もあり得ると思いますが。

「だからこそ、智恵を使うのだ。
その為の、愛である為の七つの叡智ではないか?
今のあなたに、美、自由、平和、高潔、誠実、正直、ユーモアの七つの要素が存在しているのかを、自分自身に問うのだよ。
どれかが欠けているなら、それが今、あなたの抱えている課題だ。
それが、あなたがこの世に生を受ける為に、請け負った私との契約であり、約束なのだよ。」

愛の要素、全て欠けている場合もあると思いますが。

「そうだね。
もし、全部が欠けている事が分かっているなら、その精神には、制限こそあるが美があるし、正直さと、高潔さもあるだろう。
だから、その上で、自分が、社会のどのような偽りを受け入れたのかを、見出しなさい。
偽りを受け入れたからこそ、そのような事態に陥っているのだからね。」

なるほど、しかし見出す事で、そのBADな状態から抜け出せるのですか?

「私は、常に愛であろうとする者の傍にいる。
だから、そのような者には、必ず私の秩序の使者を遣わすし、出来事もプレゼントする。
だが、偽りから抜け出す為の道を選ぶのは、その人の意思によるね。
その人が、逃避するのではなく、挑戦する為の意思を持った時に初めて、私からの素敵な贈り物が届くのだよ。
しかし、どうあれ、偽りに対する理解を深めない限り、新しい自分は発見できない。
発見がなければ、出来事は起りようもないし、使者を遣わしても、それが使者だという事も分からないだろう。
だからこそ、抜け出す為には、理解が必要なのだ。」

なるほど、最初に理解ありきって事ですね。

「そうだね。
まずは、そこからだよ。
それが偉大な第一歩だ。」

でも十分過ぎるほど悩んだっていう人もいるのではないですか?

「なら、何故行動に移せないのだろう?
自己犠牲が、どれほど周囲に不幸をばら撒いているのか理解できないから、行動できない。
行動出来ないからこそ、悩みや不満、そして葛藤がある。
次に理解するべきはそれではないかな?」

う~ん、結局のところ、いずれは行動しないとダメなんですかね。
出来る出来ないではなく、やるかやらないかでもなく、つまりやるんですね!

「もちろん、そうだね。
精神の変化は行動の変化でもあるのだから。
ただ、人の精神が変化する時は、古くパターン化された自己に対して不満が爆発する時だよ。
そして、それを乗り越えようと本気になるなら、現実も即座に変化する。
よく憶えておいて欲しいが、誰も私の秩序からは逃れられない。
それに、逃れようとすればするほど、追う力も強くなる。
だが、乗り越えようとするなら、確実に乗り越えられるようにプログラムされている。
つまり、私から、不満の原因を乗り越える機会が与えられるのだよ。
新しい自分を体験したいなら、そのチャンスを逃さないようにね。
もっとも、この対話は、やりたい事があるのに、やれない場合についての助言だ。
やりたい事もないのに、現実を拒絶するのは逃避だから、やりたい事が見つかるまで、その現状が続く事を憶えておいて欲しいな。」

やりたい事が見つからない。
では、そんな時はどうすればいいのでしょう?

「やりたい事が見つからない。
それは、自分自身を表現出来ない、最も苦しい状態の一つだね。
そんな時は、自分が本当にやりたい事とは何なのかを、絶えず自分自身に問いなさい。
そうであれば、自動的にやりたい事が引き寄せられる。
それも創造の力だ。」
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2012/03/03 Sat
前回、自分の指針として、愛を構成する要素の六つが出揃いました。
ですが、他に重要な要素を見落としをしているような気がして、それが何なのか、しばらく考えました。
それが、今、やっと分かったので報告したいと思います。

「ありがとう、よく見出してくれた。
そう、それだけでは、十分ではなかったのだよ。
愛が愛たらしめる、最も重要な要素の最後の一つ。
折角の機会だ。
是非、それを私に教えてくれないだろうか?」

もちろん。
あなたが、私に教えを請うなんて初めての事ですね。
冗談でも、嬉しいです。
いいですか、愛を構成させる七つの要素、それは、美、自由、平和、高潔、誠実、正直、そしてユーモアです。
それが、愛です。
つまり、それがあなたですよね?

「本当に、すばらしい。
そう、ユーモアがなければ、人は精神的にバランスを取れない。
もちろん、笑いがない世界ほど、つまらない世界はないだろう。
あなたが、前回見出した、愛である為の六つの要素だけでは、私はあまりにも厳格だ。
本当の私は、親しみと喜びであるのだよ。
あなたの発見は、その行為が、愛なのかどうかを問う為の指針になり得るものだね。」

でも、それって愛を定義付けする事や、理想を追い求めるって事になりませんかね?

「もちろん、これらの要素は単なる考えであって、愛そのものではないよ。
だが、あなたは、理想を追い求めるつもりはなく、行動の手引き、つまり参考となる基本的な方針を編み出したのだろう?
従って、あなたの中で、それが当たり前になって、判断の基準を必要としなくなるまで、指針は有効に機能するだろう。
あなたの行為は、美しくあるか、自由であるか、平和であるか。
さらに、高潔であるか、誠実であるか、正直であるか。
そして何より、冗談の言えるゆとりと笑顔を持って、それを行なえるのか否か。
その問いだね。
私は、この七つの要素を、愛である為の七つの叡智と呼ぶが、かまわないかな?」

かまいませんよ。
では、これを基に、対話を続けていきましょう。

「いいだろう。
これは、私が語った事ではなく、あなたが見出した真実だ。
この七つの叡智を使って、自分自身の行為を問うなら、すぐにでも、あなたは私自身になれそうだね。
もちろん、美しくある為には、醜さを知らなければならないし、当然ながら、他の叡智についても同様の事が言える。
だが、これは、どう生きればいいか分からない者にとっては、闇を照らす一筋の光明だ。
あなた方は、この七つの叡智に沿わない事は一切しないでよろしい。
何故なら、それこそが私なのだから。」

もしかして、それが、あなたが繰り返し語っていた「私が、あなたになる」って事なんですか?

「そうだよ。
実は、その状態こそが愛であり、善なのだよ。
もちろん、好きな事しかしないから、悪の影もない。
もっとも、どのような状況下であろうと、囚われず、そして考えず、自然に、その行為が行なえるようにならないと厳密な意味で、私だとは言い難いがね。
それに、人によって、美や自由などの観念は違うから、それについて、何度でも調べ直さなければならない。
それぞれが、美や自由などに含まれる意味を、真剣に見出そうとしない限り、愛は意味を為さないだろうね。
だが、本当の私を見出そうとする者は、いずれ必ず救われる。」

要は、自然にそれが行なえるようにという事ですね。

「そうだね。
そうであるなら、この世の悲しみや苦しみは大分軽減するだろう。
だが、当然ながら、社会に蔓延る偽りは全て崩壊する。」

それが良いのか悪いのかって感じですが。

「順応や、迎合、そして同じ事を繰り返す事が、愛だと思うならそうすればいい。
だが、その生き方だと間違いなく、葛藤し苦しむ事になる。
自分自身の真実、つまり私を否定するから苦しむのだよ。
だが、私に帰る者に葛藤はない。
ただ、情熱と行動がある。
後悔や、言い訳とは無縁な生き方だ。」

なるほど。

「人は私に願いを訴える。
だが、私は、取り引きはしない。
愛とは、商品ではないし、金銭で買える類のものではないからだ。
したがって、もし、あなたが私となるのなら、いわゆる代償を支払う必要はない。
もっとも、あなたが私になるのなら、単に行為があるだけで、特に何も望まないと思うがね。
仮に、望みがあったとしても、利己的ではなく全体的な利益にかなったものになるだろう。」

いやいや、あんまり代償とか契約だとか言わない方が良いのではないですか?
あなたのイメージが悪くなる気がしますよ。

「私は、イメージなど気にしない。
もっとも、あなた方の世界では、それ以上適切な言葉が見つからないから、仕方なく使っているのだ。
しかし、私に取り引きを求めてきたのは、私ではなく、あなたの方なのだよ?」

「私は、あなたの願いに応じ、契約を取り交わす。
もちろん、願いの結果は、常に、あなたの本心が望む事だ。
誰かに、尊敬されたい。
誰かより、優位に立ちたい。
自分の地位を守りたい。
それが、いずれ、あなたにとって好ましくない問題に変化したとしても。
それは、あなたの本心が望んだ事なのだよ。」

また、怖い事言いますね。

「だが、それがあなた方の、殆どの望みなのだよ?
望むという事は、何かの犠牲の上に成り立つ場合もある事を忘れてはいけないな。
言うまでもなく、いずれは、自分に戻って来る事もね。」

ああ、だからこそ、この七つの叡智を使えって事なのですか?

「そうだね。
もちろん、何も望んではいけないと言っている訳ではない。
つまり愛であるなら、犠牲はないのだよ。」
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2012/03/02 Fri
自分自身が語る言葉は、何だか難しくて、「で、結局どうすればいいの?」という感じでした。
対話の内容も、何度も繰り返し考えました。
私自身は一体、何が言いたかったのか?
本当の自分が言いたかった事。
それは、つまり、こういう事ではないのでしょうか?

「私は、美しさであり、自由であり、平和である。
だから、あなたもそのように生きなさい」と。

違いますか?

「なかなか、良い回答だと思うよ。
よく考えたではないか。」

ありがとうございます。
もしかして、あなたは、醜いもの、不自由なもの、そして混乱が嫌いなのではないですか?

「そんな事はないよ。
私自身に特別な嗜好はないから、どの状態も愛している。
何しろ、私は存在の全てなのだからね。
だが、私は、明確に自分自身を知っている。
だから、自分でない事は選ばない。
ただそれだけの話なのだよ。」

なるほど。
では、この考えを指針に従ってやって行こうと思います。
行動に迷ったら、まずそれが美しいか、自由であるか、平和であるかを考えたいと思います。

「あなたが、そうしたいならそうしなさい。
私は、別にあなたに指針を与える為に、この対話を続けている訳ではないからね。」

また、冷たいなあ。
分かってますよ。
あなたは、私が、本当の自分自身になる為の協力をしてくれているんですよね。
感謝していますって。

「それはそれは。
感謝してくれて本当にありがとう。
だが、その指針が正しいかどうかは分からないよ?
もっとも、あなたが、間違っていると思わない限り、その考えは有効だろうね。」

ほら、また難しい事を言い始めましたね。
でも、ここで根本的な問題に直面してしまうのですが、そもそも、美とは、自由とは、平和とは何なのでしょう?
それが分からない限り、指針にならない気もするのですが。

「あなたは、頭で考えるのが本当に好きだね。
考えは、美しさではないし、自由ではないし、平和ではないよ。
あなたは、もっと楽に生きてみてはどうだろう?」

そうしたいのですが。

「まあ、いいだろう。
あなたの好きなようにしよう。
では貪欲さについて、質問するが、例えば、人が貪欲に幸せを求めたとする。
それで本当に、幸せが手に入るのだろうか?
貪欲さとは愛か否か?
それを、あなたの指針に当てはめてみたらどうなるだろう?」

そうですね、貪欲さは、美しくないし、自由でないし、平和ではないから、愛ではないと思います。

「そうだね。
貪欲さは愛ではないだろうね。
つまり、私ではないものだ。
よく分かったではないか。
あなたは、美と自由と平和について、よく知っている。
知識としてではなく、よく知っているのだ。
では、あなたに、美と自由と平和を構成している要素が分かるだろうか。」

う~ん、勇気とか?

「確かに、勇ましさには、ある種の美はあるかも知れないね。
だが、その心理の深いところには、恐れが根ざしている。
よって、自由ではないし、平和ではないから、愛とは呼べないのではないか?
もちろん、時には、勇ましさが必要な場合もあるが。」

では、誠実さや、正直さですかね?

「ほう、なるほど、素晴らしい。
他には?」

ああ、あと高潔さですよ!

「上出来だね。
他には?」

う~ん、今のところ、それくらいですかね。

「しかし、よくやった。
あなたは、私が何であるのかを見出す事が出来た。
高潔、誠実、正直がなければ、美も自由も平和もない。
だから、高慢、不実、そして偽りは私ではない。」

「美と自由と平和が一体であるように、高潔、誠実、正直、これらも、全て一体だ。
例えば、高潔な人は、自動的に誠実で正直だ。
だから、そのどれか一つでも欠けるなら、愛ではない。
そうだね?」

いや、ジャンプの三大原則、友情、努力、勝利みたいですね。
これで、また自分の指針が出来ました。
ありがとうございます。

「どういたしまして。
あなたが、愛そのものであるなら、美しく、自由で、平和でなければならない。
そして同時に、高潔で、誠実で、正直でなければならない。
これで良いね?」

はい。

「では、そう生きなさい。
これは、あなたが決めた指針だ。
あなたの今後の生き方を楽しみにしているよ。」
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