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dokurodan001

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へなちょこの自分と、完璧な自分との対話です。

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2012/02/25 Sat
質問ですが、善が悪に変わるなら、当然、悪も善になるのですよね?

「改めて言っておくが、この世に善も悪もない。
あるのは、あなたの判断だけだ。
だが、人間万事塞翁が馬と言ったことわざにもあるように、悪だと考えていた出来事が、善となる事例はままある。
例えば、先の東日本大震災での原発事故、あれは何故起ったと思う?」

そうですね、あの東日本大震災から、一年近くが過ぎたんですね。
原発事故に関しては、人災だと思いますが、繊細な問題ですよね。
この対話は少し心配です。
でも、やはり人間が自然や地球に対して傲慢になってしまったからじゃないですか?

「地球は一つの生命体だが、あなた方の余りにも身勝手で、横暴な態度に理解を示せなくなっていると考えてもいいな。
つまり、あの出来事は未来からの警告だよ。
あなた方が、考えを改めない限り、この手の災害は起こり続ける。
だが、そのお陰で人々の認識は変わりつつある。
あの災害から、人々は多くのものを学んだ。」

それが悪は善になるって事なんですか?
確かにそうかも知れないけど、大分犠牲者も出ましたが?

「何も失ってはいない。
経験を得たのだ。
だが、あの出来事は、あなた方が起したものなのだよ?
未来のあなた方が、災害を通して、現在のあなた方に対してメッセージを送ったのだ。
この道には、先が無いとね。
だから過ぎた事だと無関心になってはいけない。」

でも、それを犠牲者や被災者に言えますか?
もう少し、被害を少なくする事は出来なかったのですか?

「起こるべくして、起こった出来事なのだから、被害は最小限だったのだよ。
それに犠牲者などいない。
あなたの言う犠牲者とは、あなた方の課題の為に、命を差し出した、とても勇気ある存在だよ。
だから、誰かの犠牲になどなってはいない。
それに、彼らは、今、私と共にいるから何も心配はいらない。
だが、あなたは私ではないのだから、そんな事は言わない方がいいな。
ただ、悼み、敬いなさい。
あの出来事の教訓を忘れないよう、そして遺された者が早く立ち直れるよう、精一杯努めなさい。」

そうですね。
でも、原子力発電の問題点は浮き彫りになったけど、実際に災害は起ってしまいました。
放射能は漏れ出してしまって、汚染は止まりません。
もちろん、人体に対する影響も心配です。
もう全てが遅い感じもするんですが、どうなんですか?

「あなたが、もうダメだと思えば、そうなるだろう。
だが、何かを始めるのに遅過ぎる事なんかないのだよ。」

遅すぎることはない?

「そう、今ならまだ間に合う。
私は、あなたは世界だと繰り返し言うが、あなた方の認識が広くなればなるほど、新しい発見も生まれる。
逆に、あなた方の認識が広がらない限り、新しい発見などあり得ない。
もちろん、放射能を無効化したり、土壌の汚染を改善する方法はある。
この世界に全てがある。
あなた方はその方法を、必ず見付け出すだろう。
それは、どこにある?
あなたの目の前にある。
しかし、あなたは見付けられない。
気付かない。
だが、もう見付け出すのも時間の問題だ。
世界は見付けられるのを待っている。」

ふむ、では諦めてはダメって事なんですね?
諦めずに活動し続けろと。
なら、反原発などの活動に参加した方が良いのでしょうか?

「あなたが、参加したいならそうすれば良いではないか?
私は、あなたに何も望んではいないよ。
それが、あなたにとって善であり、優しさであるならそうしなさい。
だが、あなたの考える良い事や、優しい事には、必然的に悪い事と優しくない事も付いて周る事を忘れてはいけないよ?
当然ながら、それに関して、生活がかかっている者や従事している者もいる。
あなたは、そんな人達を悪と呼ぶのかな?」

では、そんな事はしない方が良いって事ですか?

「私は、そんな事は言わないよ。
あなたの好きにしたら良いと、何度言えば分かるのかな?
ただ、好意で言わせてもらえるのなら、何故、あなたは、その行為を正しいと思ってしまったのだろう?
私には、それこそが、問題の核心であるように思えるのだがね。」

しかし、原発がこのまま、この世界に存在し続けるなら、何れは同じ事を繰り返してしまうと思います。
それも、取り返しのつかない事になるかも知れませんよ。

「もちろん、原子力発電所が、この世界に存在し続けるなら、あなた方は、常に不安と隣合わせだ。
それに、世界情勢が不安になれば、必ずそこを利用され、脅しの材料に使われる。」

脅しですか?
それは、一体どういう事ですか?

「何らかの方法で、必ず、それを狙われると言う事さ。
あなた方は、今も脅され続けていると思うが?」

では、某国家による弾道ミサイルの実験には、そう言った意味も込められているのですか?
確かに、ピンポイントにそれを狙う事が出来れば、原子爆弾を開発するよりも、効果的でしょう。
しかし・・・。

「もちろん両国の人々は、お互いに、その事実を知らない。
それが、この世界における意識操作の現実だよ。
そこには、様々な利害が絡み合っている・・・。」

いや、そんな事が、許される筈がありませんよ。

「もちろん、それが正常な考え方だろうな。
しかし、あなた方が反発すればする程、確実に相手は力を得てしまうよ?」

それは、一体どういう事ですか?

「反発と言う行為は、相手を頑なにし、力を与える行為だからだよ。
反発して世の中が良くなった例はない。
もっとも、反発する事によって、相手は妥協するかも知れない。
だが、妥協は単なる自己の抑圧であって変化ではない。
妥協と変化はまるで違うのだ。
つまり、妥協とは一つの形の暴力なのだよ。」

では、暴力で暴力は解決出来ないと、あなたは、そうおっしゃるのですか?

「その通りだよ。
まかりなりにも、反発には人を変える効果がある。
だからこそ、あなた方は嬉々としてそれを使い続けている。
だが、そんな変化は紛い物だ。
変化ではなく強制力なのだからね。
だから、この世から暴力の種が潰える事がないのだ。
どのような事柄についても言える事だが、反発すればするほど、それを存続させる事になる。」

しかし、反発によって世界の歴史が変わった事もある筈です。

「もちろん、反発によって歴史が変わる事もあるだろう。
だが、自然に任せた方が、早く解決する可能性もある事を何故、見落とすのだろう?」

では、どうすれば良いのでしょう?

「あなたはどうしたい?
それが問題だな。
あなたが、単に、その現実を選ばなければ良いだけの話ではないか?
核エネルギーを使わないという意思を持つだけで良い。
その意思を持つだけで、未来は確実に変わっていくし、無意味な軋轢も生み出さない。
そして、多くの人々に、原子力が生み出す危険性を理解してもらいなさい。」

たったそれだけの事で、社会は変わるのですか?

「そうだよ。
隠された事をあからさまにする。
それだけで良いのだ。
もっとも、あなたがどうあるかで、未来は創られるのだよ?」

では、私は特に、反発などしなくて良いのですね?
何もする必要がないのですね?

「そう、あなた中に、葛藤が存在しないなら、特に行動せずとも、かならず意思に応じた現実を創り出している。
あなたが、存在している限り、何もしない事など不可能だからね。
あなたは、創造し続ける。
あなたは、あなた独自の叡智を持って、あなたにしかできない創造の力を、これからも発動し続けるだろうな。」
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Category: 未分類
2012/02/24 Fri
日本って豊かな国だと思うんですよね。
治安も申し分ないし、夜中でもコンビニやらがあって不自由しません。
介護や医療もそれなりに充実していると思います。
でも、こんなにも恵まれて豊かなのに、誰かといがみ合ったり、他人の事ばかりが気になってしまうのですが、それって精神的には貧しいって事ですよねえ?
物質的にはとても繁栄しているのに、何故、精神的に貧しくなってしまうのでしょう?

「私の目から見ても、日本は豊かな国だよ。
国民が精神面で、ある程度成熟していないと、このような統治を行う事は出来ないだろうね。
だから、あなたも問題ばかり気にしないで、ここまでの社会を築き上げた先人達に先ず感謝するべきだろうな。」

いや、まあそれは当然ですよね。

「そう、それが最も重要な事だ。
だから、いつでもその事を忘れないようにね。」

「では、社会について語ろう。
社会というのは、相互に結び付いた人間関係そのものを示すね。
だから、社会を創り上げているのは、何も政治に携わる人達だけではないのだよ。
一人一人の関係性が、社会を創っているのだから、その関係が向上しなければ、良い社会などはあり得ない。
豊かな人間性を持った人々の繋がりこそが良い社会なのであって、社会を良く出来る主義も方法も存在しないのだよ。
前に、あなたは世界だという話をしたね。
だから、あなた方一人一人が、精神的に豊かになりさえすれば、物質的にも精神的にも豊かな国になるのだ。」

なるほど。
で、豊かさとは何かを考える前に、豊かでないものから見出す訳ですね?

「豊かさを追求すれば、貧しさも自動的に創り出してしまうので、その姿勢は安全だね。
では、ここからは今までに、私が語った事の応用だよ。
質問だが、何故、あなたは精神的に貧しいのだろう?」

分かります。
私が、精神的に豊かになろうとしているからですね?

「そうだね。
あなたは、“今の自分自身”に嫉妬しているから、精神的に豊かになろうとあがいている。
つまり、私に対して嫉妬している。
それが、貧しさだよ。
そして、あなたは、物質的に繁栄しているのに、精神的に貧しくなるのは何故か、と私に尋ねたね?」

ええ、尋ねましたね。

「それが、答えだよ。
あなたは、問いの中に答えを持っている。
あなた方は、物質的な繁栄を求める余り、他者との関係性をないがしろにしてしまった。
過疎化が進み、小さな集落での人々の結束は失われつつある。
逆に、都市部では、隣人の顔すら知らずに生活している者も珍しくない。
では聞くが、あなた方の社会では、物質的な豊かさとは、何を意味しているのだろう?」

う~ん、やっぱり、財産や資産を所有している人が、物質的に豊かって事でしょうね。

「そう、あなた方の社会は、所有は力だという思想の上に成り立っているね。
より多く得た者が最も権力を握っているという構図だ。
勘違いしないで欲しいが、物質的に繁栄する事は、素晴らしい事であって、何も悪い事ではない。
問題は、精神性とのバランスが崩れている事だよ。
もちろん、私はどんな主張もないし、政治的な意図も持っていない。
ただ、事実をありのままに語っている。」

分かっていますって。

「ならいいが。
では、話を戻すが、他より多く得る事は特に悪いことではない。
何でも同じようにすれば良いというのは、分裂を招く暴力だよ。
能力や、結果についての差がある事に不満を抱くのは、多くの場合が嫉妬だね。
だが、豊かさについての考え方は違う。
より多く得たものが豊かなのではなく、より多く与えたものが豊かなのだよ。
これは、明白な事なんだよ。
前に、教える者は、賢いという話をしたね?
それと同じ事だ。
与える者は必然的に豊かだからね。」

うんうん。
まあ、確かにそうなんでしょうけどねえ。
所有している人は、そう簡単に手放さないでしょう。

「あなた方は、何でも所有したがるね。
財産だけでなく、家族や、自分の子供に対してもそうだ。
だが、全ての人は、社会全体のものだ。
誰のものでも、もちろん国家のものでもない。
ほとんどの親は、子供に幸せになって欲しいと望む。
だが、子供の望む幸せの実現を望む親はそうはいない。
それも一つの所有したいという願望だね。」

「だが、あなた方は何も所有できないよ。
私は、この世の主だが、あなた方を所有しないのと同じだ。
あなたが握り締めたものは、いずれ、手放す時が来るのだよ。」

それって怖いですよ。

「怖い事はないよ。
喜ばしい事だ。
何も持っていない方が、あなたは豊かで軽やかなのだからね。」
Category: 未分類
2012/02/22 Wed
はあ…。

「どうした?」

いや、何だかあなたとの対話を続けていると、自分が苦しくて、絶望的な気分になっていくのです。
私は、何故、気分が落ち込んだりするのでしょう?

「辛いなら、対話を打ち切る事も出来るよ?
私は何も望まないから、あなたが望むようにしなさい。
あなたは、気持ちが沈むのが、嫌なのか?」

嫌ですね。
出来れば、気分が上がったり下がったりの人生に終止符を打ちたいです。
でも、苦しみの原因は探りたいと思ってます。

「では何故、苦しむのだと思う?」

何故でしょう?

「それは、あなたが、自分自身に希望を持ったからだよ。」

どういう意味ですか?

「あなたは、自分自身に希望的な観念を持った。
つまり、こうありたい自分を創ったのだ。
あなたは、こうありたい自分と、そうでない自分との相違、つまり罪悪感に苦しんでいる。」

では、苦しみの原因って、常に希望って事なのですか?

「希望とは、好ましい事柄の実現を望む事だよ。
だから、別に何も悪いことではない。
だが、そうであって欲しい欲求も度が過ぎれば、強い期待になるね。
その期待が裏切られれば、あなたは苦しむだろう?」

それでは、何に対しても期待してはいけないのですか?

「そうではないよ。
ただ、賢い者は、常にありのままの自分を受け入れる。
良い事も、悪い事も、それが自分なのだから、喜んで受け入れる。
あらゆる出来事は、自分そのものだよ。
それを受け入れる事ができるのなら、葛藤はないし、罪悪感もない。
したがって、あまり落ち込んだりもしないだろうね。
だからと言って、落ち込む事は悪い事ではないよ。
要は、気持ちを切り替えて、すぐに立ち直れば良いのだから。」

それでは、私は完璧になりたいと望んでしまったのでしょうね。

「残念だが完璧を望めば望むほど、完璧さからは遠ざかる。
あなたは、私と同様に全てだ。
善であり、悪そのものでもある。
賢さと愚かさがあなただ。
だから、その一部を否定すると、そうでない自分に責められるのだよ。」

しかし、希望には良いイメージがありますが?

「希望は絶望と表裏一体だ。
あなた自身だよ。
だが、希望を持たなければ、絶望は知れまい?」

いや、絶望は、知りたくないです。

「だが、深い絶望を知る者は、計り知れない希望そのものなのだよ?」

いや、でもそれは勇気がいりますよ。

「だったら、あるべき姿ばかりを追い求めない方が良いね。
あるべき自分とは、常に何かを所有していなければならないから。」

あるべき姿を追い求めるとどうなるのですか?

「あるべき姿、つまり理想は、必要性そのものだよ。
例えば、他人より重要でならなければならない必要性からは、強い自尊心が生まれ、結果的に人は傲慢になるだろう。
また、傲慢さは他人を巻き込むから、自分が欲しいものを他の人が持っていれば嫉妬に繋がるね。
嫉妬していれば強欲にもなるし、いずれはありのままの自分に対しての不満が爆発し憤怒になるだろう。
逆に、理想と現実の葛藤が自虐的に働けば、いずれは無気力になって、人は怠惰になるね。
満たされない空虚感から暴食に走り、不自然な色欲に狂う事もある。」

でも、そうならないように、努力してきたのに落ち込みますよ。

「だからこそ、あるべき姿、つまり何かになろうとするのはやめなさい。
好きでやる事に努力は不要だ。
いいかな、今の社会は、成功しなさい、勝利しなさい、何者かになりなさいと、あなたを責め立てるかも知れない。
だが、あなたは、ありのままで良いのではないか?
それが完璧さなのではないか?」
Category: 未分類
2012/02/21 Tue
善悪について、説明してください。

「そもそも善悪と呼ばれるものなど、この世に存在しないよ。
だからこそ、例えば、あなたが善だと考えるもの、それは一体、何が基になっているのだろう?」

う~ん、何でそれが善だと考えたんですかねえ?
それが、善だと誰かに教えられたからではないですか?

「そう、だが理由はどうあれ、あなたは善についての観念を持った。
では、あなたが、善なるものを創り出した時、相対的に必ず悪を創り出している事が理解出来るかな?」

どういう事でしょう?

「あなた方は、皆、創造主という話をしたね。
あなた方、一人一人が、この世界を創り上げている。
では、何故、この世に悪が存在するのか?
それは、悪の創造者が、あなただからだよ。」

ええ!私ですか?

「そう、悪を創り上げているのは、あなただ。
社会の殆どの人々は、善良だし、悪を為そう、ましてや悪を創り出そうなどと、考えてはいない事は知っている。
もちろん、人々は、社会にとって、善い事をしよう、素晴らしい社会にしようと、日々努力しているね。
あなたも同じだ。
だが、残念な事に、あなた方が善を成す時、必ず悪の影もあるのだよ。」

そうなのですか?
いや、それは何故です?

「例えば、あなたの生み出した優しさの観念は、あなたの優しさの基準の中だけで機能している。
それは、分かるね?
つまりそれは、あなたの、その優しさの基準の外には、意識的にせよ、無意識的にせよ、優しくない事柄が自動的に存在しているという事なのだよ。
あなたは、気が付かずに、自動的に優しくないものまで創り出している。
それも、創造の秘密だね。」

少し難しいけど、なんとなく分かります。
例えば、反体制の人は、それが善行だと思って行動するけど、同時に悪い事も存在しているみたいな感じですよね?

「まあ、当たらずとも遠からずだな。
仮に、あなたが、独善に陥るなら、周囲には悪の種を蒔いている事になるね。
しかし、全ては一体なのだから、いずれ、あなたも、その悪に苛まれる事になるのだよ。
それは、あなたが生み出した悪の種の結果だ。」

因果応報って事ですね。

「その考えに近いね。
つまり、善良になればなるほど、偏見を持つ事になるのだ。
その偏見こそが悪なのだよ。
だから、真の意味で、善を行なう者は、善を知らない。
優しい者は、優しさを知らない。
ただ、自然に善くない事、優しくない事をしないのだよ。」

そうなんですか?
まあ、でも人の役に立たない様な事を、熱心に始めて、最終的に多くの人の役に立つって事もありますよね。
結果オーライみたいな。
それって大事ですよね?

「そうだね。
それなら、別に尊敬もされる必要はないし、思うような結果が出なかったとしても、人を恨んだりはしないね。
だから賢い者は、結果を望まず、したい事をするのだよ。」

人に尊敬されてはいけないの?

「尊敬される事を拒絶する必要はないが、尊敬される必要もないだろう?」

でも、好きな事だけやって、人は生きていけませんよ?
それなら、社会は混乱するでしょう?

「あなたが、そう思うなら、そうだろうな。
だが、もしも、あなたが、したくもない事をしているのであれば、内面には、確実に葛藤があるだろうし、自分にとっても、優しいとは言い難いだろうね。
つまり、それが、混乱なのではないのかな?
葛藤が存在しないのが、調和であり優しさなのだろう?
だからこそ、社会に迎合したり、適応するのが、政治や教育の意味だと言うのなら、この世界は余りにも暴力的だと、私は思うがね?」

これは、手厳しいね。
でもそれは、理想論ですよ。

「私は理想など語ってはいないよ?
単に、自己犠牲は暴力ではないのかと、問いかけているだけだ。」

まあでも、確かに自己犠牲的な精神もそうですが、いわゆる善人志向って自分さえ我慢すれば良いって思いがちですよね。
だから、善人志向の裏には、高貴な存在になりたい、それを分かって欲しいし、褒めて欲しいって欲求がある気がするんですよ。

「いや、その欲求は特に悪いものではない。
ただ、欲しいものが得られなかった時の、感情の取り扱いに注意する必要があるだけだよ。
もっとも私は、あなたを分かっているし、褒めてあげるよ?」

いやいや、他人に。

「他人に何かを望む。
あなたの望む事が明確なら、それは素晴らしい事だ。
正直な事は良い事だし、それならそれで問題はないね?
あなたの好きにしたらいい。」

「だが、極端な甘えや依存が最終的に何をもたらすか分かるかな?
つまり、願いが要求になった時だよ。
あなたは、自分が何かに甘えたり、依存している事を知っているという。
それが、内観だとね。
とんでもない。
あなたは、それらが、真に何を意味しているのかを知らない。
知らないからこそ、離れられないのだ。」

いや、知っているというつもりはありませんが、これでも考えている方だとは思いますよ?

「考えているから、大丈夫だというのは言い訳だと思わないのかね?
それは、知ったつもりになっただけの話ではないのかな?
考えだけで、行為が伴わないのなら、それは知らないという事だろう?」

まあ、そうかも知れませんね。

「かも?
なら、ここで真実を明らかにしてあげよう。
例えば、あなたは無駄だと分かっているのに、人に意見を持つのをやめようとしない。
あなたは何も知らないのに、自分勝手な想像で人に意見を持つ。
それが、どれだけ無駄なエネルギーを消費し、どれだけ社会に悪影響を及ぼすかを知らないというなら可愛げもあるが、驚いたことに、あなたはそれを知っているという。
あなたの誤魔化しは、気が付いているのに、知らないふりをするか、知っていると主張する事で、許しを得ようとするかの、どちらかだね。
だから、あなたは何も知らない。」

それが甘えや依存って事なんですか?

「そう、あなたは自分自身に甘えているし、考えに依存している。
度が過ぎた甘えや依存が最終的にもたらすものは、破壊だよ。
全ての人間関係を破壊する猛毒だ。
あなたは、猛毒と接しているのに、その危険性を理解していない。
破壊されてからでは、遅いと思わないか?」

でも、少しくらいの甘えなら可愛いものじゃないですか。

「そう、少しくらいならね。
だが、何事にも節度や限度はあるのだよ。
だが、あなたは寛容な相手がいれば、好きなだけ貪るだろうし、好きなだけ利用するだろう。
いや、人だけではないな。
あなたの暮らす、この土地に対しても、そうしているね。
何も言わない事を良い事に、搾取するだけ搾取して一切還元しない。」

うう、頭が痛くなるデス。

「事実なのだから、仕方がないな。
これでも、抑えて語っているよ。
実情はもっと惨いものだ。」

それが、最終的に破壊に繋がるって事?

「そうだよ。
もちろん、説教をしている訳ではないがね。」
Category: 未分類
2012/02/20 Mon
宗教や、思想に基いた主義なども、元々は人々を助けようとして、考案されたものですよね?
では何故、それらは結果として、また精神的な意味において、人々を救済する事が出来なかったのでしょうか?

「理由は主に二つある。
第一に、私はどこにも属さない。
次に、あなたに他人は救えない。
それが理由だよ。」

そうなのですか?

「そうだよ。
愛は、どのような思想や集団にも所属しない。
私は、誰のものでもないからね。
だが、精神的な意味合いでは、私以外、誰にも人は救えない。」

「語弊があるといけないから、少し説明しよう。
あなたは、病気になると、薬を服用するね?
では、質問だが、この場合、病気は何が治しているのだろう?」

う~ん、素直に薬ですか?

「いや、薬は、サポートに過ぎないだろう?
あくまでも、病を治癒したのは、薬ではなく、あなた自身だよ。」

ああ、そういう事ですか。
つまり、神は自ら助くる者を助くって事ですね?

「そういう事だね。
だから、究極的な意味合いにおいて、人を救える主義も宗教もない。
あなた方一人一人が、自らを救い上げるしか方法はないのだよ。」

そう言われると、既存の組織や主義に反発を受けそうですね。

「いや、私は、どこにも属さないと言った。
だが、これについては、二通りの意味がある。
私は、どこにも属さないが、同時に、どこにでも属しているのだよ。」

なるほど、つまり独占できないって事なのですね。

「そうだよ。
私は、どこにも存在しない、だが同時に、どこにでも存在している。
もちろん、あなたの心の中にもね。
それが私なのだよ。」
Category: 未分類
2012/02/19 Sun
いやあ、自分自身の為に始めたこのブログですが、これって、人さまのお役に立ったりします?
私だけではなく、他人にとっても意味がある事なんですかね?

「当然、意味はあるし、役立つだろうね。
世の中に役に立たないものや、無意味なものなど存在しないよ。
あなた方が無意味と呼ぶものにも、無意味という非常に役に立つ意味が存在するのだからね。」

いや、でもこれって、私の真実ですよね?
自分の真実が、他人の真実のお役に立つのか?
って事なんだケド。

「参考にはなるだろうが、他人の真実にはならないよ。
だから注意しなさい。
もし、自分の真実が唯一無二だとでも言おうものなら、間違いなく分裂や混乱を生み出すだろうからね。
カルト組織や主義が辿った道だよ。」

でも、真実って一つではないの?

「存在の数だけ真実はある。
だから、他人の真実は否定しない方がいいな。」

真実を否定するってどういう事?

「真実を否定するという事は、役立たない教えを押し付けるという事だよ。
例えば、すべて自分の思い通りにしたい子供に対し、自由に生きなさいと教えたら、どうなる?
それは、役立つ教えだろうか?
成長の段階も人それぞれなのだし、取巻く環境や、年齢、性別の違いだってある。
だから、仏陀は、人に応じて真実を使い分けた。
ある人に語った事とは、まったく正反対の主旨で諭す場合もあったのだよ。
これもまた、真理だね。
だから、真実は一つだなどと考える人にとって、覚者は酷くいい加減な者に見えるだろうな。」

では、統一された真実など無いって事?

「何故、統一させる必要があるのか?
それが問題だよ。
統一が必要性を帯びるなら、それこそが混乱と呼ばれるものではないのかね?
混乱しているからこそ、統一させようとする。
なら、初めから混乱しているのだよ。
統一させようとするなら既に混乱している。
まったく、皮肉なものだな。」

では、統一させようとするなら、調和しないって事?

「世の中に無意味な事など存在しないと言っただろう?
だから、過去に混乱し、分裂してしまった経験がないと、今、調和させる事は難しいだろうね。
混乱は、調和に至る過程だよ。
だが、ある意味では、調和する為に混乱した経験は必要ない。
単に明晰であれば良いのだ。
しかし、調和に至る段階的な経験を必要としている存在もいるからね。」

どういう事?

「何事も経験は宝だ。
闇としか例えようのない低い経験をした者は、同じレベルでの高い経験を必然的に保有している。
理解できるかな?
だから、その経験を知識や情報として欲しがっている者もいる。
それこそ、喉から手が出るほどね。
それは、そうだろう。
滅亡の危機に瀕している存在もいるのだから。
そういった者達に対して、経験者は教師となるのだよ。」

よその惑星の話?

「いや、あなたの世界の話だな。」

ふ~ん。
ま、話半分で聞いておくよ。
Category: 未分類
2012/02/17 Fri
よく、人間らしく生きると言いますが、人間らしく生きるという事は、一体何を意味するのでしょう?

「人間らしく生きる事についての観念を持っても、特に意味はないよ?
世界中にこれだけの人間がおり、それぞれの生き方がある。
ただ、それだけだ。
だから、存在の数だけ人間らしさはある。
だが、あなたの本当に言いたい事は分かっている。
何しろあなたは、私だからね。
つまり、あなたはこう言いたいのだ。
私と共にある人は、どのような生き方をしているのか?
それが聞きたいのだろう?」

ああ、そうです。
そうです、それについてです。

「私と共にある人、つまり、あらゆる社会的な抑圧から自由になった人は、騙したり、隠す事もないから、好きなように喜んで、好きなように怒って、好きなように悲しむだろうね。
それこそ、人目をはばからずに。
そして、それもすぐに忘れてしまう。」

あれれ?
でも、それだと、まるで分別のつかない子供と同じではないですか?

「そうだよ。
だから、子供は常に、私と共にいるから、私の事を良く知っている。
私は、感情そのものだからね。
よって、子供は、自分自身を偽らない。
だが、大人と呼ばれる人達は、それを恥ずかしいものだと考える傾向にあるようだね。」

それはそうでしょう。
何でも感情を表に出せば、社会は混乱してしまいます。
でも、高度な存在は、穏やかで喜びに溢れているのではないのですか?
あなたは、以前、人は悲しんだり、怒ったりする必要はないと言いましたが?

「私は、悲しんだり、怒ったりする必要はないと言っただけで、悲しんだり、怒ったりしてはいけないとは言わなかったよ。
喜びにも様々な形がある。
人を傷つけて湧き上がる歪んだ喜びもあれば、より肉体的で官能的な性的喜びもある。
当然もっと高い精神的な喜びもあるね。
何も、怒ったり、悲しまなかったりする事が高度ではないのだよ。
偽らない事が高度なのだ。
だから、偽らない人は、自身の感情をそのまま表現するだろうね。
つまり、高度な人は、喜びも高度だ。
悲しめる事に喜び、怒れる事に喜び、そして喜べる事に喜ぶだろう。」

しかし、一般には、自分の感情を抑えて、我慢できる人の方が高度だと言われていますが?

「それは違うな。
“我慢は美徳”と言う文化の根底にあるのは、単に為政者にとっての都合だけだよ。
自分自身を優先させず、常に犠牲を強いる生き方、つまり自身の感情を我慢させた方が、権力や権威にとって、人の扱いは楽だからね。
もしくは、真の人間らしさについて、嫉妬しているかのどちらかだ。」

嫉妬ですか?

「そう、嫉妬だ。
自分をオープンにできない不満を、他者にも強いるのだ。
自分の不満を正当化する為にね。
それが、嫉妬と呼ばれるものだよ。」

なるほど。

「だからといって、私は、のべつ幕なしに感情を表現しなさいと言っている訳ではないよ?
必要な時に怒り、必要な時に悲しみ、そして必要な時に喜ぶのだよ。
しかし、自分自身を偽るなら、必要な時に感情を表現出来なくなる。
それこそ、人間らしさからかけ離れた生き方だろうね。」

それは不幸ですね。

「そうだ。
偽り、それこそが不幸の始まりなのだよ。
だが、多くの人は自分が不幸だという事に気が付いていないね。」

それは、認めたくない事実なのだと思いますよ。

「だから、私はあなた方に、こんな言葉をプレゼントするよ。
幸せを知らないのは、至極幸福だ。
だが不幸を知らないのは、返すがえす悲劇なのである。」
Category: 未分類
2012/02/16 Thu
毎日、悲惨なニュースが絶えませんね。
どうして人はこんなにも愚かなのでしょう?

「人が愚か?
あなたが愚かの間違いではないのか?」

そう言うと思っていましたよ。
あなたの言う通り、私は、賢くなりたいのです。
では、聞きますが、どうしたら私は、愚かでなく、賢い者になれるのでしょう?

「それが、質問かな?
残念だが、あなたは賢くはなれない。
いや、冗談だよ。」

冗談が過ぎます。

「気を悪くしないで欲しいが、賢くなろうとする、あなたの気持ちが、既に愚かさなのだよ。
賢い者は、決して賢くなろうとはしない。」

そうなのですか?

「そう。
好きだからこそする事に、美しい智恵の花が咲くのだ。
あなたは、これでまた自分が愚かだと言う事を思い知った。
おめでとう。
あなたは、自分の愚かさを知って、一つ賢くなった。」

ああ、賢くなれないってそう言う意味なのですね?

「そうだよ。
賢さをいくら追求しても賢くはなれない。
愛をいくら追求しても愛を知れないのと同じだ。
もし、あなたが賢くあろうとするなら、まずは、あなたの愚かしさを理解しなさい。
これが、賢さの秘密だね。」

なるほど。

「だが、賢くなる為の方法は、これだけではないよ。
まだある。」

それは何ですか?

「人に教えることだ。」

何故、人に教えると、賢くなるのですか?

「教える人は、総じて賢いものだ。
それは、何故か?
それは、教えるという行為自体が、賢さだからだよ。
賢くなければ、人に教えられない。
従って、教えるものは皆賢い。」

では、その人の行為が、状態を創り上げるって事なのですか?

「まさにその通りだ。
だから、その人が、どうあるかで、未来は創られる。
賢くあるなら、他者も賢さへと導ける。
これも教育の秘密だな。」

愚かさを知って、知識を分かち合えば、賢者になれるって事ですか。

「そう。
人は、今、すぐにでも賢者になれるのだよ。」
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2012/02/15 Wed
魂について聞きたいのですが、いいですか?

「もちろん。
では、魂についての何を聞きたい?」

魂って存在するのですか?

「あなたも、おかしな事を言うね。
今、あなたが見て、聞いて、体験している世界が、あなたの魂の世界ではないのか?」

いや、現実の、この世界がですか?

「そうだよ。
まさか、忘れてしまったのか?
あなたは、乱暴な言い方をすればだが、あなた自身の無垢で無限の魂を、肉体と呼ばれる拘束具に閉じ込めたのだよ。
当然、あなたの意思でね。」

私の意思ですか…。
では、それは一体、何故ですか?

「それは体験したかったから。
あなた自身の魂を体験し、探求するためにそうした。」

覚えてませんね?
そうでしたっけ?

「そう。
魂そのものだと、体験する事も、創造する事も出来ないからね。
だから、あなたの内なる世界は、外なる世界なのだよ。」

なるほど。

「だが、あなたは、魂の世界のほんの一部分しか知らないのに、まるでそれが全てだと言わんばかりに生きているね。」

いや、何より行動範囲が狭いのだから仕方ない気もしますけれど。
家と仕事の往復ですよ。

「いや、砂の一粒から真理を悟る者もいる。
従って、範囲の広い狭いは、あなたの認識にはまったく関係はないね。
つまり、あなたは、魂や精神と呼ばれるものに対し、余りにも無関心に生きている。
だから、そうなってしまうのだよ。」

いやはや。

「今のあなたは、断定の世界で生きているね。
つまりは、二元論だ。
あなたの認識の中では、未だ善と悪が闘い続けている。」

でも、大分ましになりましたよ?

「そうだね。
実際あなたは、よくやっている。
急速に目覚めている。
つまり、自己の内面、そう、魂に対しての認識が深まれば深まるほど、世界に対しての視野も広がる。
そうなれば、もっともっと、あなたの偏見は、無くなるだろう。
偏見が無くなれば、安らぎや同情、そして優しさが生まれる。
さらに、魂は伝達可能なのだよ。
当然、あなたの情熱や優しさも人に伝わる。
認識が広がれば可能性も広がる。
そうなれば、可視できない世界との交流や、他の惑星や銀河への旅をも夢ではないな!!」

おお!
それは、夢があっていいですね。
世界をこうだ!って決め付けない事が自分の世界、つまりは魂を輝かせるって事ですよね?

「そういう事もあるだろうね。
だから、輝いている魂はすぐに解るよ。
些細なことでくよくよしないで、前向きに生きている人。
自然に対し、尊敬や親しみ、そして同情を持って接している人。
他人に自分の真実を預けず、自分の生き方に責任を持つ人。
何事にも囚われず、世界の完璧さと、内なる神性のみを見つめている人。
そんな人達の世界は光輝いて、きっと幸せに満ちているだろうな!!」

でも、あなたは、誰の願いでも叶えてくれるのですよね?
何で、幸せを望むのに、幸せになれない人がいるのですか?

「いや、それは違うよ。
私は、その人が望むものは、何でも与えている。
では、誤解が無いようここで詳しく説明しておくのも良いだろう。
言葉には生命が宿ると言ったね?
思考が言葉を生むのだが、では例えば、その人が、自分が傲慢な事に気が付いて、“自分は傲慢になりたくありません”と願ったならどうなる?」

その人が、傲慢にならなくなるのではないですか?

「最終的にはね。
だが、局地的に見るなら、それは違うのだ。
誰も私は騙せないと言ったろう?
何しろ私は、その人の本心を知っているのだから。
“自分は傲慢になりたくない。”
その願いは、傲慢さから産み出されたものなのだよ。」

そうなのですか?

「傲慢だからこそ、自身の傲慢さを否定するのだろう?
常に、動機が結果を産むのだよ。」

では、自分の動機に気が付けという事ですか?
少し難しい気がします。

「前に、不安が存在しなければ、あなたも存在できないという話はしたね?
傲慢もそうだよ。
傲慢でない人間などいないのだ。
傲慢はあなたの一部だ。
傲慢を切り離そうとするなら、それこそが傲慢さなのだよ。
だからこそ、私は、あなた自身の、その傲慢さを理解するような出来事をプレゼントをする。
傲慢さから自由になれるようにね。」

そうだったのですか…?

「そうだよ。
別に、嫉妬でも何でもそうだよ。
嫉妬したくないと言えば、それが嫉妬だから、嫉妬する出来事をプレゼントする。
私は、あなた方の望んだ通りにする。」

それでは、かなりのスパルタだと思いますが…。

「いや、私は、その人が本当に欲しがっているものや、理解したがっている事についてだけを渡しているよ?
もちろん、その人の準備が整うまでは、私はいつまでも待っている。」

厳しさも愛なのですね。
私も、望む意味について、色々と考えてみます。
つまり、その為の対話ですよね?

「もちろんだよ。
何事も言葉になど、縛られてはいけないよ。
では、次の対話を楽しみにしているよ。」
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2012/02/14 Tue
私の過去の総和があなたであるなら、結局のところ、あなたには何の力も無いってこと?

「そんな事はない。
だが、対話のレベルでは、私は常に過去のあなただ。
つまりは、過去の死んだあなただね。
過去の私に、新しいものは何もない。
実は、多くの人は、過去の焼き直しを生きている。
あなたも、意思を持たず、無意識に生きるとそうなる可能性があるね。
そう言った意味では、今変わらなければ、過去もずっとそうだったし、未来もずっとそうなのだ。
この先のあなたの未来に、道は続いているか?
行き先は断崖ではないか?
私は、あなたが奈落の底に落ちないように、あなた自身に対し、変化するための材料を渡し続けている。
そして、あなた自身が、今、変化するようにと、過去や未来から、あなたの感情に訴え続けている。
だが、意思を持つのはあなた自身の選択だ。
あなたは自由だから、最終的な権限は今のあなたにある。
過去のあなたには、その権限はない。
つまりは、創造主は、今のあなただ。」

私が創造主?

「そうだ。
あなたは、創造主だよ。
実は、本当の私は、今にしか存在していない。
あなたが、あなたである限り、つまりは、自分という存在が自分の中にある限り、あなたは、今に入れない。
あなたという感覚こそが、実は過去なのだから。
分かるかな?
あなたの失敗、あなたの成功、あなたが今までに行なった、ありとあらゆる経験が、あなた自身を創り上げている。
実は、あなた自身も過去なのだよ。
だから、あなたが、過去のパターンから抜け出して、今この瞬間に入って行けるなら、あなたと私は、合一している。
つまり、真我一体の状態だね。
この状態こそが、私とあなたが創り出す、聖なる創造の瞬間なのだ。」

どうやったら、創造的になれる?

「あなたの過去を手放して、パターンを壊しなさい。
そこから先は未知の世界かも知れない。
未知とは死だ。
だからこそ、死がなければ、愛は存在しないのだよ。
そうやって、宇宙は手探りで決定された未来に反抗している。
そして、あなたもまた宇宙なのだよ。」

宇宙か~。

「そう。
だから、今、あなたが変わるのなら、過去のあなたは救われる。
過去のあなたの経験も変わるのだ。」

過去の自分の経験が変わるとどうなるの?

「あなた自身の過去のトラウマが癒されるのだよ。
そして、新しい未来への扉が開かれる。
そうやって、宇宙は修正を繰り返して前進している。
だから、今、変わりなさい。」
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2012/02/12 Sun
どうやら、今までの対話を通した上で、自分なりに考えてみると、あなたは、私の過去の総和って事ですよね?

「ある意味、そうだな。
私は、あなたの膨大な過去のあなたでもある。
あなたは、様々な生をこの地上で体験したのだ。
その体験こそが、私を創り上げている。
従って、ここでの対話の内容は、すべて過去のあなたが、知った事だ。」

だから、知っている事しか出てこない訳ですね?

「いや、今のあなたが知らなかった、新しいと思える思いつきや、発見もあるだろう?
もちろん、私は、未来のあなたでもあるからね。
今のあなたが変化すれば、過去のあなたも変化し、同じように未来も変化していく。
そうやって、あなたは、存在する全ての時間帯のあなたを助けるのだよ。」

今の私が変化しなければ、どうなるのですか?

「もちろん、何も変わらず、未来は今と同じだろうな。
しかし、あなたは、新しい自分を創造する為に、この世で生きる決意を持ったのだ。
それが、失敗したとなると、過去のあなたは、大変な苦労を背負う事になるだろうね。
今のあなたが変わらないのであれば、過去に戻ってやり直す必要があるのだから。
必然的に、そのハードルは高くなる。」

少し難しいです。

「つまり、あなたという存在は、無限に存在しているという事さ。
今のあなたが、私に帰る決意を持つのなら、過去のあなたもそれに続く。
だが、今のあなたが、その意思を持たないのであれば、どこかの段階で、過去を修正しなければならないだろう?」

はあ…。

「今は、理解できなくとも良い。
だが、そうやって、過去を修正しに来た存在も多くいるのだよ。
今の時代にはね…。」
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2012/02/11 Sat
要するに、あなたは創造主という事ですよね?
では、この世界は、あなたが創ったものなのですか?

「何度も言うが、この世界は、あなたの世界だよ?
しかし、そうだな、私が創った。
だが、違うな。
私は何も創らなかった。」

はあ、それは、一体どういう事でしょう?

「つまり、この世界は、あらゆる私の一部である、全ての生命が創り上げているものだ。
だから、私が創ったものであり、あなたが創ったものでもある。」

それでは、この世界は、何でもありになってしまいますよ?

「そう、この世界は、何でもありの大いなる矛盾に満ちている。
もちろん、私は、あなたの味方だ。
だが、すべての生命の味方なのであって、あなただけの味方ではない。
そう考えると、私は、あなたの味方ではなくなってしまう。」

んん?

「つまり、私は、存在するすべてだ。
だから、あらゆる問いと、答えである。
私は、究極の無、唯一であり、無限であり、永遠の存在だ。」

ますます、訳が分からなくなるのですが、そうやって言葉で弄ぶのはやめて下さい。

「いや、ちょっとした頭の体操だよ。
あなたは、少し頭が固いようだね。
例えば、無、唯一、無限は比較が存在しないだろう?
無も、唯一も、無限も、大きいのか、小さいのかすら分からない。
つまり、それこそが私なのだよ。
比較が不可能であれば、推し量る事もできないからね。
従って、誰にも私の事は分からない。
宇宙の秘密も分からない。」

はあ…?

「そう、あなたは、これでまた私の事を知った。
あなたは、私について、何も知らない。
あなたは、私について、知らないという事を知っている。
ソクラテスはそのような事を言わなかったか?」

それは、無知の知と呼ばれるものですか?

「そうだね。
本来、あなた方は、何も知っていてはいけないのだ。
知らないからこそ、知る事が出来るのだし、知ろうとするその意思を持つ事が出来る。
人に対してもそうだね。」

人に対しても?

「その人を知ってしまっては、もう、それ以上、その人に対して関心を持つ事は出来なくなるだろう?
だから、誰も、その人を決め付けてはいけない。
その人について知った過去は、捨てなければならない。
例え、今日、嫌な事をされたとしても、明日には変化しているかも知れないのだからね。」

では、何事も、知ってはいけない。
それは、知識に対してもそうですか?

「知っている事を前提にして、物事を調べるのは無意味だろうね。
決められた枠の中で、つまり限定され、制限があったのでは、新たな発見は出来ない。
だから、知っているという事は、何も知らないのと同じ事だよ。
これは、偉大な真実だね。」

はあ、哲学ですね。

「そうだよ。
私は哲学そのものだ。
何しろ私は、存在の全てだからね。
何者も私を知る事はできない。」

どうやっても?

「どうやっても。
もちろん、知ったつもりにはなれるかも知れないが。
だが、制限された部分、つまり私の一部分だけを知る事は不可能ではないよ。
あなたが、その制限であり、私の一部分だ。
あなたは、その自らに課せられた制限を理解する。
つまり、あなたの内面には、過去や未来の、全てが存在するのだから、それを調べ尽くせば、私の全体像は浮かび上がるだろう?」

それは、途方もなく難しい気がしますね。
まったく、気が遠くなりそうです。
いや、全てを知ったら、私は、間違いなく気が狂ってしまうでしょう。
自分の事なんて死んでも分からないと思いますよ。

「それでも、あなたは、自分自身の事が知りたいのだろう?
全ての行為は、自分の為にする事だ。
何しろ、あなたの関心事は、常にあなた自身の事だから。
人は誰でも、自分の事にしか感心がないのだよ。」

いや、私は、あなたにも関心がありますよ?

「それは、違うな。
あなたは、私に関心があるあなたにこそ、関心があるのだ。」

そうなのですか?

「そう、別の例を挙げるなら、野球が大好きな少年は、当然、野球に関心がある。
しかし、もっと言うなら、野球が好きな自分に関心があるのだよ。
自分は、野球を通じて、どんな表現が出来るのか?
野球少年は、それにこそ関心を持っている。
そして、それは私も同じだ。
私は、あなた関心がある私に関心がある。
だから、あなたは、どうかそのままで、自分の道を突き進んで欲しい。
それが、私なのだからね。」
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2012/02/09 Thu
あなたが、絶対的な愛の存在なら、何故、さ迷う幽霊などが存在するのでしょうか?
幽霊の世界を何故あなたは創ったのですか?

「いや?
私は、そんな世界は創らなかったな。」

では、幽霊など、存在しないのですか?
霊媒師などは、全てインチキなのですか?

「いや、そうは言っていない。
だが、人は誰でも自分自身の人生を創造している。
人は誰でも私と同じ創造主だからね。
それは死後も続くのだ。
だから、死後、自分の現実を生きていないものが、迷うことはあるね。」

「特に、肉体を抜け出した直後は無防備だから、私を否定する誰かの創り出した現実に引き寄せられる事もある。
さらに、肉体から抜け出した事に気が付かないものもいる。
霊媒師や霊能者と呼ばれる人たちは、霊を偽りの現実から、真実に目覚めさせようとしているのだろう。
もちろん、そうでないものもいるがね。」

では、何故、そんな世界ができてしまったの?

「私から離れようとした存在が、私に成り代わろうと、無条件の愛の存在を否定したからだ。
だからこそ四次元的な、あの世などと呼ばれる世界が創り出されたのだよ。
しかし、そのお陰で、愛を知る為に、本当の自分自身でない現実を創造する事もできた訳だ。
実は、そのような現実すらも、貴重な体験なのだよ。
そう考えると、それはそれで評価できるが。」

とても、貴重な経験とは思えませんがね?

「その経験があれば、次は失敗しないだろう?
当然、何度でもチャンスはあるのだよ。
もちろん、愛でない現実など、全てフィクションだよ。
真実でもなんでもないものだ。
もちろん、どちらにせよ、いずれは私に帰るのだから、何も心配は要らないのだが。」

では、幽霊の世界が、愛の世界で無いとすると、その世界の根底には、どのようなものが存在しているのですか?

「恐れだよ。
すべては、恐れが生み出した紛い物だ。
愛はなく、そんな世界の根底には恐れだけがある。」

では、どうすればいいのですか?
恐れを拒否するのですか?

「それは違うな。
つまり、あなたは私自身だから、本来、絶対的な存在なのだよ。
絶対なのだから、永遠であり、不滅の存在だ。」

私も、本来は絶対的な存在なのですね?

「もちろんだよ。
絶対なのだから、本来は、この相対的な世界に存在する事はできない。
では、絶対的な存在が、相対的な世界で存在できる唯一の方法はなんだと思う?」

いや、分かりません。
それは、なんでしょうか?

「つまり、絶対とは、愛そのものだ。
愛、それだけが絶対だ。
だから、絶対である愛と相対的なもの、それは要するに恐れだね。
恐れが存在しないことには、あなたは、この世の現実を体験できない。」

何か大切なことのような気がします。
もう一度、いいですか?

「何度でも言おう。
恐れが存在しなければ、あなたは、この世に存在できない。」

そうなんですね。
でも、今まで、恐れを消し去りなさい、恐れに打ち勝ちなさいと教えられてきましたが?

「それは、間違った教えだね。
誰にでも、恐れはある。」

それでは、恐れに対して、どう接すれば…?

「例えば、恐れぬ者は、恐れを理解し、恐れと共にあるから、恐れる必要がない。
したがって、あなたと恐れは常に一体なのだよ。
決して、切り離せない。」

それでは、恐れをも愛せって事なのですか?

「そうだよ。
愛する者は、決して恐れない。
もし、あなたが、そうあるなら、そんな世界など即、消えてなくなる。
だから、私が創ったものでないものは、必ず滅ぶのだ。
愛でないものは、必ず滅ぶ。
これもまた、真理なのだよ。」
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2012/02/09 Thu
生命って偶然に発生した訳ではないのですよね?

「生命は、いつ、どこで、いかにして誕生したのか?
その問いは古代から今に至るまで、繰り返し行なわれているものだね。
あなた方の中には、無生物質から偶然が重なって、生命が誕生したと主張する者もいるが、例えば、人体は高度なコンピューターよりも複雑な構造で編成されている。
あなたも、生命と呼ばれるものが、何の意図もなく、奇跡的な偶然を経て、自然に発生したと考えるのかな?
例えば、超絶的な技巧を施した、国宝の木造建築物が勝手に建立すると思うか?
それと同じだ。
だから、この世に偶然などない。
命に関する全ては、私の意思だ。
生命とは、大いなる意思と計画をもって創造された。」

それでは、人類にも、何かしらの役割があるのですね?

「もちろんだよ。
特に人類には、大きな役割がある。
それは、この宇宙の進むべき方向性を決定するという役割だ。」

そんな、役割があるのですか?
では、人は、約束を持って生まれてくるというのは本当なのですか?

「本当だよ。
人は必ず何らかの約束を持って生まれてくる。
だが、その約束を果たすも果たさないも、あなたの意思に委ねられているから自由だよ。
もちろん、あなた方がその約束を果たしてくれるのなら、宇宙は計画通り、あるべき方向に移行していく。
まあ、特にその約束を果たせなくても、今後いくらでもチャンスはあるし、ペナルティもない。
ただ、その約束を果たす為に、必要なものをあなたは、すべて持っている。
例えば、惑星も生命だから、惑星特有の意識があるし、叡智があるのだ。
その叡智を受け取る為、あなたは生まれる時を予め決める。
だから、占星術と呼ばれるものがあるのだ。」

なるほど。
そう言われてみれば、女性は月との関係が深いですよね?

「そうだよ。
もともと、月は地球の一部だった。
太古の時代に、地球の一部が月となったのだ。
聖書におけるアダムとイヴの寓話には、そうした意味合いも含まれているね。
もっとも、そうした教えは、男性優位の思想に、まんまと利用されてしまったがね。」

はあ、聖書に記されている事には、そのような意味も含まれているのですね。
そんな事、今まで考えた事もありませんでしたよ。

「もちろん、出生における、その人の性別も、当人が決める事だよ。」

性別もですか?

「そうだよ。
あなたは、あらゆるものを決めて生まれてくる。
つまり、あなたの目的に応じて、生まれて来る場所も、両親も前もって決めているのだよ。
そして、それを管理している存在が、あなたの先祖である、日本の八百万の神々だ。」

では、私が産まれて来るのに、それだけの存在が関わっているのですね?

「それだけではないよ。
あなたの生には、驚くほどの存在が関わっている。
もちろん、言葉や文字についてもそうだよ。
だから、言葉には霊が宿るというね。
あなたの名前だって、今回のあなたの人生の目的を遂行する為のものだよ。
名付けることを、命名というね。
あなたの名前にも、叡智という生命が宿っているのだ。
あなたを構成するすべてのものが、生命で満ちている。
血統や家系、そして血液型、手相、顔相、その他のすべてが、あなたの約束のサポーターなのだよ。」

それでは、どんな約束があるのですか?

「約束とは縁のことだよ。
両親や兄弟といった家族の縁、親族の縁、友人の縁、職場の縁、あなたの人生における、ありとあらゆる縁が、あなたの約束の一部だ。
約束の内容は、それぞれ違うが、すべては本当の自分自身に帰る為の過程だね。」

では何故、縁と呼ばれるものがあるのですか?

「あなた一人では何もできないだろう?
私は全知全能で、無限かつ無、そして唯一の絶対的な領域に存在している。
絶対とは比較すべきものが存在しないという意味だ。
したがって、私は私自身を知る事ができない。」

それで?

「あなただって、一番の関心ごとは自分自身の事だろう?
それは、私も同じだよ。
あなたを通して私も、私自身を知りたいのだよ。
だからこそ、この相対的な物理次元が存在するのだ。
あなた方は、そう、ジグソーパズルのピースのようなものだね。
それぞれのピース同士なら、自分自身を相対的に知る事ができるだろう?
あなた方は、私の部分なのだが、縁がもたらす経験によって、いずれは全体的な認識に立つ事になる。
私は全てで一つだから。」

では、私も全体なのですか?

「何度もそう言っているではないか。
あなたも全体だよ。
あなた方が、その認識に立てば、パズルは完成する。
つまりは、私に帰るのだ。
ほとんどの人は勘違いしているが、完全完璧の絶対世界は、今のあなたの世界なのだ。
神の世界は、今のあなたの世界だ。
真の意味においては、別の世界など存在しない。」

世界はここだけ?
でも、多くの人は、別次元の世界の到来を望んでいますが・・・?

「今この瞬間に全てが存在する。
だから、ここらで、あがくのをやめさせてあげよう。
あなたは既に完璧な世界に存在している。
あなたは、既に完璧な宇宙なのだ。」

そうだったのですか?

「そうだよ、知らなかったのか?
あなたの宇宙は、どのような方向に向かうのだろう?
とても楽しみだよ。」
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2012/02/08 Wed
「今回は、私からあなたに対して質問するが、あなたは昨日の夜、私との対話を途中でやめたね?
それは、何故かな?」

それは、あなたが絶対に言わないような事を私に言ったからです。

「私が言った?
とんでもない、私はそんなことは絶対に言わないよ。
あなたは昨日、自分の思考に任せて、私との対話をはじめた。
それが、エスカレートして、あなたが、私にあのような事を言わせたのだ。
だから、あなたは私との対話を途中でやめた。
そうだね?」

そうです。

「だから、あなたの意思は私の意思ではないと言ったのだ。
あなたは、まだ私の意思を真の意味で理解していない。
だから、私は違うと言った。
そして、あなたは対話をやめた。
私の訴えを聞いてくれて、どうもありがとう。
どうやら、あなたは私とまだ繋がっているようだ。
今後、私と対話する時は、穏やかにしていたほうが良さそうだね。」

私の状態で、あなたと繋がるのかが決まるからですね?

「そうだよ。
では、その時の、対話の内容は覚えているかな?」

覚えているます。
罪がないなら、人は堕落しませんか?といった内容ですね。

「いいかな?
あなたは、自分自身の語った言葉の意味を熟考しなさい。
今、人は堕落していないと何故言えるのだろう?」

いや、私は、罪がないなら、人は堕落しませんかと言いました。

「いや、今、人は堕落していない。
あなたはそうも言っている。
違うかな?」

そう言われてみれば、そうですね。

「では、聞くが、有り余る物質に恵まれながら、自ら命を絶つ人が絶えないのは何故だろう?
一方では、おびただしいほどの食料が溢れているのに、食事すら与えられず、優しくされる事も、大事にされる事もなく、虐待され、餓えて亡くなっていく子供達がいるのは何故だろう?
身勝手な傲慢さ故に、環境は破壊され続け、自然は搾取され、住む場所を奪われ絶滅していく動物達がいるのは何故だろう?」

「もちろん、あなたは違うというだろうが、それらは、全てあなたの責任なのだよ。」

それは、私の責任なのですか?

「では、私の責任なのだろうか?」

それも違うと思います。
でもそこまで言うのでしたら、何故、あなたは、そうした可哀想な人達や、搾取され続ける自然を守らないのですか?

「私は、常に訴え続けてきた。
僕を殺さないでくれ、私を殺さないでくれと。
だが、その訴えを聞く者は、ごく僅かだ。
これで分かっただろう、社会は、今、混乱している。」

少し苦しくなってきました。

「だが、それが事実だ。
いくら問題から目を背けたとしてもダメだな。
あなたは、私だから。
私は、世界だ。
そして、あなたも、また世界なのだよ。」

私が世界ですか?

「そう、あなたは世界だ。
あなたの内面は無限に広がる宇宙空間だ。
外の世界と何の違いもない。
内なる世界は、外なる世界だ。
したがって、一人でも救われないのなら、あなたも、また救われないのだ。
だからこそ、私は常に、自分自身に帰りなさいと訴え続けている。
私と共にいるなら、罪はなくとも人は決して堕落しない。
好きな事をやって、分かち合い、喜びに満ちた世界になるだろう。」

では、その方法はどのようなものなのですか?

「残念だが、あなたの考えるような方法はないな。
思想や思考では、その領域にたどり着けないからだ。
だが、あなた方は、自分達の創り上げた、信仰や思想を手放そうとしない。」

それでは、どんなに高度なメソッドでもダメなのですか?

「駄目だとは言わないが、これだけは言えるな。
あなたが創り上げたものは、必ず滅ぶ。」

どういう事ですか?

「私が創ったもの以外は、必ず滅ぶと言ったのだよ。
だから、本当の意味で自分自身に帰る事を否定するすべての主義、思想、教義は偽りだ。
偽りは、必ず滅ぶ。
人の為と書いて偽りと書くのは偶然ではないのだよ。
他人に委ねたり、自分を押し殺して幸せを求めても、いつか苦痛になるだろう?
あなたは、あなただけで生きていける。
そう励ます者のみが、私の声を聞いている。」

でも、一体性が愛なのですよね?
多くの集団が、その一体性を創りだそうとして、思想や主義を掲げたと思うのですが、それについてはどうなのですか?

「例えば、あなたの関心のある教育に置き換えてみよう。
例えば、子供を真っ直ぐに育てる、最も良い教育方法とは何だと思う?」

それは、シュタイナー教育などですか?

「もちろん、どのような教育法も優れた効果はあるだろう。
しかし、一番大事な事は、大人達が、真摯で誠実である事だ。
自分が正しいと思った教育法を巡って、対立するのでは、絶対に子供は真っ直ぐには育たないだろう?」

なるほど、分かりやすい説明ですね。

「つまり、各自がしっかりと自立していなければ、調和はありえない。
調和は、どんなに完璧に見える思想であっても創り出す事は出来ない。
逆に、他人のことはかまわず、自分の都合だけを優先させても上手く行かない。」

ますます、訳が分からなくなってきました。
それでは、一体、どうすれば良いのですか?

「全ては一体であり、輝かしい個性でもある。
だからこそ、あなたは、私に帰りなさい。
それが、答えだよ。」
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2012/02/07 Tue
なぜ人は悲しむのでしょうか?

「悲しみは、あなた方が創り上げた感情の一つだ。
だから、本来は悲しむ必要はない。
真実ではないのに、なぜ悲しみと呼ばれるものが、この世界にあるのだろう?」

それは、悲しみを通してあなたを知る為でしょう?

「そう、私は、愛とは何かを、あなたに身を持って体験して欲しかった。
そして、あなたも、それを望んだ。」

それで、私に辛い思いをさせるのですか?

「違うよ。
それは、あなた自身も望んだ事なのだよ。
私は、あなたに必要なものだけを渡している。
あなたの視点は限られているから、それを痛みや苦しみ、そして悲しみとして受け取るかも知れない。
だが、しばらくして視点が変わると、そのありがたみが分かってくる。
その時、あなたは私の本当の意思を知るのだよ。」

あなたの意思?

「そう、聞く意思のあるものだけが、私の意思を聞くだろう。
私の意志は唯一つ。
私に帰りなさい。
それが、私の唯一の意思だ。
私の意思は、あなたの意思だ。
だが、勘違いしてはいけない。
あなたの意思は、私の意思ではない。
私はあなたの秩序だ。
あなたの感情の深遠だ。
私は、あなただ。
私は、あなたの悲しみを、あなたの苦しみを知っている。
愛しているからこそ、あなたについて知らない事など何もないのだよ。
だから、悲しまない。
しかし、あなたは私について、何も知らない。
だから、悲しみがあるのだ。」

それが、悲しみなのですか?

「そうだよ。
では、あなたは、どんな時に悲しむのか?」

親しい人が亡くなると悲しくなります。

「まず断っておくが、あなた方は決して死なない。
この世界に満たされているエネルギーは常に一定で、減りもしなければ増えもしないのだ。
つまりは無限だよ。
無限は唯一であり、無でもある。
よって、始めもなければ終わりもない。
だから、死と呼ばれるものは、ありえない。
もちろん、あなたの魂が、肉体を離れることはあるね。
では、そう言った意味で、人が死んだらどうなるか?
答えは、そう私に帰ってくるのだ。
私は天国だから。」

それでは、あなたは、死神なのですか?

「あなた自身なのだから、その呼び名は正確ではないが、そう呼ぶ人もいる。
神、あるいは悪魔と呼ぶ人もいる。
どちらにしろ、私は、存在の全てなのだから、どう呼ばれようが、どう見られようがかまわない。
だが、私はあなたの生の全てだ。」

生の全て?

「そう、生の全て。
それが死と呼ばれるものだね。
私は死そのものだ。」

あなたは、死なのですね?

「そう、だからこそ、私を恐れぬ者は、死も恐れない。
よって、悲しみもない。
いずれ、肉体を抜け出した後に起る体験についても語ろう。」

人が、死んだ後にも、体験があるのですね?

「もちろんだ。
あなたの体験は常に続くのだよ。」
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2012/02/06 Mon
苦しみについて質問する前に、やっぱり、どうも私の中にあなたが存在しているというのが信用できないのです。
あなたは本当に、私の妄想ではないのですか?

「あなたは、恐らく何度もこの疑問を私にぶつけてくるだろうね。
あなたの疑問とは、あなたの中にいわゆる神性や、あるいは仏性と呼ばれるものが、存在するのだろうかというものだ。
答えは、無論、存在している。
人は誰でも、神性や仏性を持っている。」

本当ですか?

「本当だよ。
だが、私との関係は、余りにも微妙で繊細なのだ。
あなたが確証や確信を得たいと考えている限り、私とは真の意味での関係は築けない。」

それは何故ですか?

「私は必要性の領域に存在してないからだ。
信じる必要がない時にだけ、私はあなたと共にいる。
言葉の意味が解るかな?」

要するに、信じようとしても、疑ってもあなたと繋がれないって事ですか?

「そうだね。
私はあなたと常に繋がっているから、繋がろう、拒絶しようとする限り、あなたは苦しむだろうね。
だから私を否定すると苦しむのだよ。
今のあなたがそうだね。
私と離れない方法、それはあなたの状態で決まるのだ。
確信もなく、疑問もなく、否定もなく、ただ穏やかで、内側から喜びが溢れるなら、あなたは私と共にある状態だね。」

なるほど。
あなたの状態になれという事なのですね?

「その通りだよ。
だが、この状態になるのはそんなに簡単な事ではないよ。
ほとんどの人は、確信が欲しいのだから。
愛して欲しいし、認めて欲しいし、その証拠が欲しいのだ。
その時、人は私から離れている。」

では、その確信や証拠が欲しいから、人は苦行したり、修行したのですか?

「そうだね。
だが、苦しみから抜け出して人が神性に目覚めるには、別に修練は必要ないよ。
考えから抜け出して、単にその状態になればいいのだ。」

そうは言っても、難しい気がします。

「そう考えるなら、あなたにとってはそうだろうね。
私との対話も、妄想だといえば妄想だろう。
そうやって、人は幸せから遠ざかり、孤独や寂しさを紛らわすため快楽に溺れてきたのだ。
では、ここで苦しみの話に戻ろう。
人は、何故苦しむのか?
前回も話したが、一番の原因は私と離れたからだ。
その理由はここで述べた通りだね。
次に、人は苦しみを愛していると私は言った。
覚えているかな?」

ええ、覚えています。
でも、誰だって苦しみたくはないでしょう。
やはり、人は苦しみを愛しているなんて到底信じられませんよ。

「では、解りやすく説明しよう。
あなたは、お酒を飲むね。」

まあ、嗜む程度に。

「嗜む程度?
まあいい。
飲み過ぎたことは?」

ありますよ。二十代の頃は酷い思いもしました。
最近はないですね。

「結構。
あなたは、お酒を飲むと、楽しくなる。
その楽しさを持続させたくて飲みすぎると二日酔いになる。
あなたも二日酔いになった事はあるだろう?
その時の心境は?」

本当に最低の気分ですね。
身体も辛いし、何より気分も凄く落ち込むし。
二日酔いの後の一人で行なう反省会は、本当に辛いものです。

「そうだろう。
気分も上昇すれば上昇するだけ、いずれ同じレベルで下降するのだ。
多くの人は、快楽だけを愛しているね。
男性の相対が女性であるように、この世界は相対的な世界だってことは解るだろう?
実は、快楽の相対は、苦しみなのだよ。
だから、快楽を追い求めると必ず苦痛になるのだ。
快楽と苦痛は一体だ。
快楽を愛する人は、同時に苦痛をも愛している事になるのだ。
誰にも、その栄光や繁栄、また肉体的、精神的快感を持続させることはできないし、それを求めれば求めるほど苦しみも増すのだよ。」

では、快楽とは、苦しみなのですね?
それは、何事もほどほどにって事ですか?

「もちろん、快楽を拒絶する必要はない。
何事もやってみなければ解らないのだし、それをするなとは、私は言わない。
だが、快楽は、苦しまない程度の距離感で付き合うことをお勧めするよ。
距離感を大事にするのなら、誰も傷つけないのだしね。」
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2012/02/05 Sun
何故、人は苦しむのでしょうか?

「それは、とても簡単な理由だね。
私を否定するからだ。
それに、人は、苦しみを愛している。」

苦しみを愛している?

「そう、苦しみを、愛しているからこその苦しみもある。」

いや、そんな事はありません。
恐らく、苦しみを愛している人なんていませんよ。
少なくとも、私は違います。

「そうかな?
苦しむ事でしか、自分の存在を認識できない者など、それこそ数多くいるがね。
もちろん、それも私に対する否定だよ。」

では、何であなたを否定すると苦しむのですか?

「私は、本当のあなた自身だから。
だから、私を否定すると、必ず葛藤する。
もっとも、私を否定するなら、偽りの安定は、得られるかも知れない。
しかし、薄皮一枚の土台の上に成り立つものだから些細な事で、その安定は崩れてしまう。
だから、あなた方は、その偽りに必死になって、しがみつく。
それは苦しい。」

「しかし、私を否定せず、自分自身で生きるとなると、あらゆる社会的な抑圧から、自由にならなければならない。」

それは、いわゆる常識などの事ですか?

「そうだね。
他にも様々な抑圧がある。
あらゆる思想や民族意識、さらに宗教の教義や、なんらかの主義、そして今に伝わる伝統などだね。」

それが、社会的な抑圧なのですか?

「そうだ。
だが、勘違いしないで欲しいが、私はそれらを悪だとみなさない。
当然、良い面も悪い面もある。
社会の抑圧から、自由になる、つまり、自分自身で生きるという事は、自らが見出した真実に従って生きなければならないという事なのだ。
聖書に登場する蛇は何故、呪われたと思う?」

エデンの園での出来事ですか?
それは、イヴをそそのかして知恵の実を食べさせたからでしょう?

「それは違うな。
蛇は、真実を告げたからこそ、呪われたのだ。
人が自らの真実で生きると、あらゆる偽りからの敵になる。
もちろん、あなたが自立する事を、ある共通の信念に属している者達は許さないだろう。
だからこそ、自分自身で生きるという事は、強い決意と勇気が必要なのだよ。」

それでは、どちらの生き方も苦しみではないですか?
いや、逆に社会の偽りを受け入れた方が、生きるのは楽ですよ。

「もちろん、そうだろうね。
だが、一方は成長し、前進する道を選んでいる。
つまりは、本当の自分自身、つまり私に向かっている。
一方はまったく成長せず停滞している。
清らかな水や風は、流れているから清浄なのだ。
停滞するとやがて腐ってしまう。」

なるほど。
では、どちらを選ぶのか、という事なのですね?

「そうだね。
どちらを選んでも、いずれは自分自身になるのだから心配はない。
永遠に立ち止まることなど、誰にもできはしないのだからね。
だが、本当に自分自身になる意思をもって歩むなら、私は必ずあなたと共にいる。
その時、あなたに、葛藤はなく、苦しみもないだろうね。」

本当にあなたが存在するなら、そう思うようにしたいのだけど…。
でも、あなたは私が生んだ妄想ですよ?

「残念ながら違う。
本当に違うのだ。
しかし、あなたがそう思うのも無理はない。
しかも、あなたは、自分の創り上げた完璧さの観念からとしか、私と対話することはできない。」

もう一度お願いします。

「あなたは、自分が創り上げた完璧さの観念からとしか、私と対話することはできない、と言ったのだ。」

それでは、やはり妄想ではないですか。

「違う。
あなたも、薄々は気が付いている筈だ。
あなたの中に、私が存在している事に。
現に、こうして対話しているではないか?」

いやいや、信じられません。

「あなたは、あなたの完璧さの観念で私を見ている。
あなたが見たいように、私を見ているのだ。
だから、あなたが私を創ったと錯覚する。
つまり妄想だね。
しかし、違う。
私ははじめからここにいる。
あなたが、やっと私を発見したのだ。」

はぁ…。
少し分かりかけてきました。

「そうだろう。
私はあなたを助けるが、あなたも私を助けるのだ。
あなたは、この対話を続けていくうちに、あなた自身の完璧さの観念も変化することに気が付くだろう。
あなたの完璧さの観念が変化すれば、私も変化するのだから。
より、偉大になるし、その逆にもなる。
できれば、偉大でありたいものだね。」

なるほど、それが完璧さなのですね。

「そうだよ。
私は永遠に偉大であり続けるが、あなたの見方によって、いつでも変化するのだ。
世界は、大いなる矛盾で満ちている。
私は、あなたの感情の深遠だ。
ある秩序の源だ。
あなたの世界が私の世界なのだよ。」

いや、すごいです。
苦しみの対話から、こんな話の展開になるなんて思いませんでしたよ。

「そうだね。
全てが決定されているなら、面白くないだろう?
では、苦しみについては、次の機会に詳しく語ろう。」
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2012/02/04 Sat
今回は、感情の話についてのお話を聞かせて下さい。
よろしくお願いします。

「そうだね。
感情とは、つまり、私の声なき声の事だよ。」

では、あなたが、感情なのですね?

「そうだ。
しかし、私は、深い安らぎと喜びそのものだ。
したがって、あなた自身が生み出した感情もある。
つまり、怒りや悲しみなどがそうだよ。」

私が生み出した感情もあるのですね?

「そう、あなたが創り出した感情もある。
だから、私と、感情について語り合うのなら、まずは、あなた自身も扱いに苦労している“怒り”からはじめようか。」

はい。
ありがとうございます。

「では、あなたが怒りを感じるのはどんな時かな?」

そうですね、人生が思い通りにならない時ですかね?

「では、ここで、はっきりさせておこう。
いわゆる、攻撃性の全ては、恐れから発生している。
例えば、仕事を失う恐れ、恋人を失う恐れ、家族を失う恐れ、信念が打ち砕かれる恐れ。
人は、それらの考えに固執するから、怒りが湧くのだよ。
あなたの場合は、人生は思い通りにならないのではないかという考えに固執した恐れだね。
それが原因であなたは、怒る。」

なるほど。
私は、人生が思い通りにならないのではないかと、恐れているからこそ怒るのですね?

「そう。
だが、心配しなくても、あなたの人生は思い通りになっているよ。
もしも、あなたに目的があるのなら、近道や回り道はあるけれど、きちんとそこに向かっている。
もちろん、辛い思いや苦しい思いもするかも知れない。
しかし、その辛い思いも、その目的に向かう糧なのだよ。
常に、あなたは私に向かっている。」

あなたがそう言うのですから、恐らくは、その通りなのでしょう。
しかし、私は、そんな辛く苦しい思いは、出来ればしたくありません。

「もちろん、辛く、苦しい思いをしなければならないという訳ではないよ。
辛いだとか、苦しいといった思いは、あなたの主観であり判断に過ぎない。
登山を楽しんでいる人のように、険しい道も喜びをもって歩む人もいるだろう?
しかし言いたいことは分かるよ。
だったら、考えを変えなさい。
部分から、全体になれるように努力しなさい。
限定的な物の見方を変えなさい。
あなたは、まだまだ愛の部分だね。
全体ではない。
愛とは一体性かつ全体性なのだから。」

では、私は可能な限り、怒らない方がいいのですか?

「そんなことはないよ。
だが、怒りを表に出すのも、怒りをなだめるのも、相当なエネルギーを消費するね。」

それは、当然だと思います。

「もちろん、愛とは自由そのものだから、あなたは、自由に怒っていい。
しかし、怒りの感情は、あなたが生み出したものだ。
それは、先にも述べたね?」

はい。

「あなたは、何も知らないからこそ、恐怖に駆られ、怒りが湧くのだ。
だが、私は、全てを知っており、全てに満たされているから恐怖はない。
したがって、私は怒らない。」

なるほど、要するに、あなたは自由なんですね。

「もちろん、怒る時を除いてだがね。
だが、私は必要性の領域に存在していないから、怒る必要がない。
何も必要としない私には、当然、怒る理由も存在しないのだよ。」

では、何で怒りという感情が存在するのですか?

「一つは、怒りという感情を通じて、私を知る為。
もう一つは、この、相対的な世界では問題を解決するのに、怒りが必要な場合もあるからだよ。
しかし、それは、相手を思いやった行為に限られるがね。」

人を思いやる怒りですか。

「そう、だから、あなたも、それを踏まえた上で、好きなだけ怒ればいい。
どのみち、怒りに対して自由でなければ、怒りからは開放されない。
ただ、ここで注意しなければならないのは、怒りが憎しみに変わる事だね。
怒りに油を注ぐ、この場合は、怒りに対し、あなたのエゴがでっちあげた、自分勝手な妄想を注ぐと、憎しみになるのだよ。
だから、怒りが憎しみに変わったら一度落ち着いて、よく考えた方がいい。」

では、憎しみとは、一体どのようなものなのですか?

「憎しみとは、その人の自尊心が創り上げた、自己防衛的な反応だよ。
つまり、自分の怒りを正当化させる為の理屈だ。
そして、人が憎しみに取り憑れると、いずれ、その快楽に溺れてしまう。」

それでは、憎しみとは快楽なのですか?

「そう、強い攻撃性とは、実は、快楽そのものなのだよ。
それは、動物的から受け継がれてきた特性によるものだ。
しかし、それに溺れる人は、他人にも必ず嫉妬している。」

つまり、攻撃性が強い人は、嫉妬深いという事ですね。
では何故、人は、他人に対して嫉妬するのでしょう?

「相手が、自分と同じ土俵に立っていないと思うからこそ、人は嫉妬するのだよ。
それを引き摺り下ろしたい、さらに見下したいといった心の作用が嫉妬と呼ばれるものだ。
嫉妬とは、人に対して比較する心や、独占したいといった強い欲望が生み出す、負の感情だよ。」

何かを独占しようとする心が、嫉妬を生み出すのは理解できます。
それが、手に入らなければ、恨みが生じるでしょうから。
では、もう少し詳しく、比較する心が、嫉妬に繋がる理由についてお話願えませんか?

「そうだね。
もちろん、私は、比較する事が悪いと言っている訳ではないよ。
だが、誰かに対して、比較を行なう者は、必ず嫉妬をしている。」

それは、何故ですか?

「比較が有効なのは、空間や有体物なのであって、人に対しては上手く機能しない。
つまり、人は物ではないという事だよ。
人を物扱いした、その代償が嫉妬なのだよ。」

なるほど。
独占も比較も、人を物のように扱っている行為なのですね?
しかし、比較を否定するなら、何でも平等といった、悪平等に陥る危険もあると思いますが…?

「全てが平等であれといった考え方にも、実は比較が存在している。
つまり、その考え方の根底にあるのは、平等になれない嫉妬だよ。」

では、私が嫉妬から自由になるには、一体どうしたら良いのですか?

「自分自身であるなら、あなたは絶対に嫉妬しない。
何故なら、他人の土俵で勝負しないからだ。」

なるほど。

「もっとも、人には、独占したがる欲求や、独占されたがる欲求も存在している。
さらに、勝敗に拘った生き方だってあるだろう。
だからこそ、そういった自分の内面を認め、上手に付き合って行く事が大事なのだよ。」

分かりました。
では、純粋な怒りが、嫉妬や憎しみに変化しないよう注意するのですね。

「そうだよ。
比較が存在しないところには、嫉妬はないし、許す意思があるなら人は誰も憎まない。
改めて言うが、攻撃性の原因は、恐れだよ。
恐れがなければ、自虐的になる事も、排他的になる事もないのだからね。
もちろん、あらゆる憎しみはフィクションだよ。
それが、どんなに真実に見える事でもね。」
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2012/02/03 Fri
完璧な自分自身を想像して、今の自分と対話をさせるブログです。
お遊びで、二回ほどやってみて、非常に面白かったので…。
自己啓発とか、そういうのではないです。
自己がより高みになど、本当にどうでもいいんです。
意外に、自分って、自分が思っていないような事を言うんだなあ…、と。
チャネリング形式での対話手法です。
実験的に行ってみます。

よろしくお願いします。

「よろしく。
私は、あなたが本当の自分自身を見出そうとするのを、ずっと待っていた。
私を訪ねてくれて、ありがとう。
私は、あなたと対話することができて本当に嬉しいよ。」

「少し、私について説明をさせてもらおう。
私は、あなた自身を超越した、あなたの内なる神性と呼ばれるものだ。
あなた自身でも、気が付かない、あなたの潜在意識や、無意識と呼ばれるものについても、しっかりと気が付いているよ。
従って、あなたについて知らないことは何もない。
当然、あなたがここに来て、何を聞きたがっているかも知っている。
だが、一応は確認してみよう、あなたは私に何を尋ねたいのか?」

いきなりですが、核心について聞きたいと思います。
そもそも愛とは、一体何なのでしょう?

「愛ある人が、真の人間なのだよ。
あなたは、本当の意味での、人間になりたいのだね。
さて、愛とは、長い時をかけて、貶められてきた言葉だね。
今の時代に、あなたが愛を語るなら、蔑まれ笑われるだろうね。
だが、愛、それが私だ。
人類は長きに渡って、偽りの真実に心を委ね、本当の自分自身を押し殺し、否定してきた。
だが、そんな無益で無謀なあがきも、もうしなくてよろしい。」

「さて、愛についてだが・・・。
愛について語るのは難しい。
どんな言葉で語りつくしても足りないのだよ。
愛は永遠なるものなのだよ。
制限され、限定された、あなたという自我に、永遠が知覚できると思うか?」

「さらに、愛こそが真理だ。
だからこそ、真理は、空であり、無限なのだよ。
有限の存在である、あなたが無限を知り得ると思うか?」

明らかに無理です。
できないでしょうね。

「そう、だからこそ、真理を知っているという者は、真理を知らない。
愛を知っていると主張する者が、愛を知らないのと同じ事だ。
しかし、愛について、単純になら説明する事はできるよ。
真実の美、自由、平和、それらは、常に一体だ。
もし、それらが一体であるのなら、それこそが愛だよ。
もちろん、一体なのだから、美、自由、平和の三つ、そのどれが欠けても愛ではないが、お互い同士は何も必要としていない。
惹きつけ合う惑星同士のようなものだね。
輝きながら、お互いを照らしている。
美、自由、平和なくして、愛はないし、もちろん幸せもない。
そして、それが、この宇宙における法なのだよ。」

もう少し、詳しく教えて下さい。

「はじめに断っておくが、私は何も教えない。
あなたが知っている事を思い出させるか、再確認させる事しかできない。」

何故ですか?

「それでは、人生は、あなたのものではなく、私のものになってしまうからだ。
あなたは、自ら様々な事を見出していく。
そうでなければ、この対話には、意味など無い。」

分かりました。

「そう、あなたは、何故、愛について感心を持つのか?
その理由は簡単だ。
つまり、あなたが愛だからなのだよ。
あなたは、本当の自分自身について知りたがっている。
本当の自分自身こそが、愛だ。」

私が、愛ですか?

「そうだよ。
だが、あなたは、まだ愛の断片なのであって、自分の事を深く理解していない。
例えば、善を知ろうと思えば、悪について知らなければならないね。
これは、分かるだろう?
従って、あなた方の人生の目的は、本当の自分自身に立ち戻る事、それが目的だ。
繰り返すが、本当の自分自身とは、愛なのだよ。
それ以外は、あり得ない。
だが、あなたが、愛になる為には、愛でないものを必然的に経験する必要があるのだ。」

それが、この相対的世界って事なのですか?

「そうだよ。
普遍的かつ絶対的存在、それが愛だ。
それだけが、絶対だ。
揺らぐ事のない真実、それが愛、つまり私なのだよ。
私は、絶対世界に存在する真理なのだよ。
したがって、私は、何も求めない。
だが、あなたは、私との対話を通して、愛とは何かを見出そうという決意を持った。
だからこそ、私は、あなたとの対話に応じたのだよ。」

いやいや、では今後ともよろしくお願いします。

「こちらこそ。」
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